―世界がそのまま続いていくならば、私が死ねばよいのでしょう。
銀髪の乙女はそう言って目を伏せた。
エゴでも欺瞞でもいいから、あなたを守れた、証がほしかったから。
◆
元々この世界をお創りになった「神」という存在は、銀の髪と瑠璃の瞳を持つ、双子の兄妹神だったという。
二人の名前は同じ、「エル」といった。
兄のエルは、誰もが忘れてしまった過去さえも、
妹のエルは、誰も予想できないような未来までもを、視ることができた。
未来を司る妹が示すとおりに、兄は世界を創っていった。
どうすれば未来が幸福になるか知っている妹に従えばすべてがうまくいくと、
兄は何の疑問も持たずにいた。
その時の兄は、この世の全てはしあわせでできていると、信じていた。
けれど未来はやさしいばかりではなかった。
妹は途方もなく長い間、実の兄を騙していたのだ。
妹が視ていたのは、とても悲しい未来だった。
このまま世界を作り続けると、兄が死んでしまう。
そしてどんなにその未来を変えようとしても、いずれその時は来てしまうのだと、妹は知っていた。
知っていたけれど、兄には、どうしても言えなかった。
妹は、少しでも兄を生き延びさせるよう、いっぱい、いっぱい考えた。そしてある時、とうとう妹のエルは見つけたのだ。 兄を生き延びさせることができるような選択肢を。 どうすれば、兄は生きていられるのかを。 けれど、喜んだのもつかの間だった。それはとても残酷なものだったから。
兄妹が唯一、二人で協力して創りあげた世界を、壊してしまうか。
または兄の代わりに、自分が犠牲になること。
どちらも妹には苦しい選択だった。
兄が楽しそうに創る世界を壊すなんてできない。兄妹がはじめて一緒に創ったものを、壊すなんて。
けれど自分が死ぬのも怖かった。怖くて怖くて、けれど。
妹のエルはとうとう選んだ。世界が守れるなら、兄が生きられるなら。
自分の命など、どれほど重要なものだろう?
妹が死んだ時、兄はようやく妹がしてきたこと、そしてしようとしていたことを知った。
兄はたった一人の妹を失ったことで、悲しみに狂ってしまった。
妹は知らなかった。分かっていなかったのだ。
妹がそうであったように、兄もまた妹が大切だったということを。
そして兄は、もうこのような悲しい想いをしたくはないと、
自らの剣で自分と、そして妹の亡骸とをまっぷたつに切り裂いた。
妹がいないこの世界を、見守っていてなんになる?いいや無意味だ。
だってこの世界を創ったのは、妹と一緒にいられる、証がほしかったからなのに。
切り裂かれた兄妹の身体は、四つの光となって二人のエルの世界へと舞い降りていった。
四つの光は、それぞれ四つの人間の形を成した。
ひとつは戦士シエルテミナとして。
不老不死の力と、何者にも勝る権力を握った。
ひとつは聖人ソリティエとして。
不老不死の力と、全てを守り抜く慈愛の心を宿した。
ひとつは歌姫エファインとして。
不老不死の力と、人々を優しく導き見守る声を授かった。
ひとつは賢者ノルッセルとして。
不老不死の力と、過去と未来を視通す能力を継いだ。
妹のエルの願いはとうとう叶わなかった。 彼女の悩みは水泡に帰し、兄は死に、世界を守る者もいなくなってしまった。
そのせいで、後に「世界創設戦争」と呼ばれる、 世界をその果てまで壊しつくした大戦争が起こるとも露知らず、この世界から、神は消えてしまったのだ。
◆
―君のいない世界に、なんの価値がある?
銀髪の男はそう言って天を仰いだ。
作り出した世界の民たちが、神の物語をなぞるように繰り返すとも知らぬまま。
to be continued..
2010-05-22改稿
片道連載と同時に改稿開始。微妙に文章が違います。