38.ノルッセルとソリティエ |
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ラファとマユキがいなくなってから、 エルミリカはフェルマータに向き直った。 「……そういった強がりは、見苦しいと思いますが」 冷え切った目でフェルマータを見据え、エルミリカはさらりと言い放った。 "神の子"は苦笑した。 「…本当に、エルミリカ様は私には優しい言葉をかけては下さらないのですね」 「ソリティエ一門の者は嫌いなのです。 愛国心の欠片も持ち合わせていないあなた方は」 「私からすれば、国のためならば命さえ捨てられるという 貴方達ノルッセルの気が知れません」 エルミリカはちらと背後の女性を見たが、 ふとその瑠璃色の瞳を伏せて、仕方ないとばかりに言った。 「……そうして、満足なのですか」 「はい?」 「そうやって、自分も相手も傷つけて、 全てを壊してしまうことが、 あなたのしあわせだとでもいうのですか」 「っ」 エルミリカは、フェルマータを振り返らずに歩き出した。 立ち尽くした女性は顔をゆがめたが、 その顔を見ようともしない"予知夢の君"は、穏やかに言った。 「逃げたいのなら、逃げればいいでしょう、"神の子"。 どの道私にそれを止める権利はありません」 「――――!!」 ゆっくりと歩くエルミリカの脇を、一人の女性が追い越していく。 動きにくいマントも、ゆったりとした上着も脱ぎ捨てて、 彼女はその称号も置き去りに、全速力で駆けていった。 エルミリカは立ち止まった。 神護隊の隊服。銀の髪。瑠璃の瞳。 未来を視る、この力。 ――自分は、捨てられるだろうか。 「……逃げられないのは、私も同じですね。…レーチス」 過去夢の力を断ち切ってラファに預けたレーチスと、 その力を受け入れ、チルタの手を払いのけたラファと。 自分はそのどちらにもなれない。 所詮、自分はこの力に囚われ続ける運命なのだから。 だから、自分はそのどちらにも…ならない。 ◆ 「……マユキ」 ラファはマユキに追いついて、彼女の小さな背を見て、 ふと、初めてこの街にやってきた時のことを思い出した。 あの時自分は、巫子の運命を受け入れたくなくて、 フェルマータの元から逃げ出して、 マユキの手も振り払って、なにもかもを投げ出そうとした。 今のマユキと、丁度、逆の立場。 「マユキ」 もう一度声をかけると、マユキは顔を上げた。 真っ赤に腫れた瞳が、ラファを映した。 「ラファ、冗談だって言ってよ」 「マユキ」 「あのひとが、フェルマータ様が、私のお母さんだっていうんなら、 お父さんは、お父さんはフェル様を、自分の妻を、 こ、殺そうとしたってことで…!!」 「マユキ、聞けよ!」 「っ!!」 マユキの肩をつかんで強く揺さぶると、彼女はぎょっとしたように口を閉ざした。 ラファはゆっくりと、告げる。 「お前が、お前の父さんのことで気に病む必要はないだろ。 お前は…マユキは、マユキだ。 マユキの父さんじゃない」 「ラファ…」 「マユキは、フェルマータが母さんだって分かって、嫌だったのか?」 マユキはきゅっと眉を寄せたが、 やがて、ふるふると首を横に振った。 こらえていた涙をはらはらとこぼして、首を横に振った。 「い、やじゃ、ないよ」 「…」 「嫌じゃないよ!いやじゃないよ、 私のおかあさんが、フェル様なら……う、うれしいよ」 「なら!」 ラファはずいとマユキに詰め寄った。 「ちゃんとそれをあいつにも言ってやれよ!」 マユキの唇が引き伸びたのが先か。 それとも、いつの間に出来たのだろう。 背にした広場の人だかりからどよめきが起きたのが先か。 「どういうことだ、"神の子"!」 その単語に、ラファとマユキは弾かれたように顔を上げた。 広場に集まった人々は、一様に困惑したような表情を浮かべ、 青ざめる者も、怒りに顔を赤く染め上げている者もいた。 人ごみを掻き分け進むと、 輪の中央に、一組の男女が向き合っているのが見えた。 女のほうはフェルマータ。 マントも上着も着ておらず、息を切らして、 目の前の男を見据えていた。 対する男は、以前神宿塔ですれ違ったエッフェルリス公だった。 裕福そうな小太りの顔を青を通り越して真っ白にして、 身体を震わせてフェルマータを見ていた。 その表情は、恐怖のそれにも似ている。 フェルマータは、凛とした声で言った。 「何度でも申し上げましょう。 …15年前の事件、 わが伴侶エルフェオが、多くの神官や、私に刃を向けたという事件は、 濡れ衣だと言ったのです」 「な、な、な…」 隣で、マユキが息を呑んだ。 彼女はエッフェルリスよりも強く震え上がった。 フェルマータが続けた。 「全ては、私の咎。 私が彼に変装して、彼をラトメから追放するために、 多くの神官を手にかけました」 「まさか…」 「フェルマータ様がそんなこと…」 「嘘でしょう、フェルマータ様!」 「そうだ、フェルマータ様がそんなことをなさって何になると…」 聴衆がざわめいた。 けれどフェルマータは顔色一つ変えずに淡々と続けた。 「事実です。 凶器のナイフも、変装に使ったかつらや衣装もここにあります。 …エルミ」 「はい」 エルミが前に進み出た。 手には麻袋。それをエッフェルリスに差し出した。 エッフェルリスは怯えたように一歩後ずさった。 「お受け取りください、エッフェルリス公」 有無を言わせぬ口調でエルミは言うと、エッフェルリスに麻袋を押し付けた。 彼は、袋の中身を確認し、ぐっと息を詰めた。 その表情が、全てを物語っていた。 「……本当に貴公が、神宿塔に多くの被害をもたらしたあの事件の犯人だと言うのなら、 私は貴宿塔塔長として、あなたを裁かねばならない」 「覚悟はできております」 「……死刑も、可能性は否定できませんぞ」 再び、群衆が息を呑んだ。 ラファもさすがに目を見開いた。 と、隣にいた少女が、いつの間にかいなくなっている。 見ると、聴衆を押しのけてマユキが輪の中心に向かっていた。 人々の頭上を、澄んだフェルマータの声が駆け抜けた。 「構いません。 いっそこれを機に、"神の子"の制度自体廃止してしまえばよいでしょう。 そうすれば、エッフェルリス。 あなたが望む、ラトメディアの権力を与えてもいい」 「フェルマータ様……何故…」 騒ぎを聞いて駆けつけてきた神護隊。 その最前列にいたクルドが呆然とつぶやいた。 エッフェルリス公は吐き捨てるように、 フェルマータに言葉を投げかけた。 「あなたには御子がいる。 彼らを探し出して、"神の子"の座に据えるより他にないでしょう。 "神の子"は、世界創設以前より続く伝統の王座… そうやすやすと廃止してはならない」 「っ、」 フェルマータの顔がこわばった。 彼女が声を張り上げたのと、 マユキが輪の中央に飛び出したのとは、ほぼ同時だった。 「私の子供達を、ラトメの暗い神殿に縛り付けることは許しません!!!」 マユキが立ち止まった。 エルミがふとマユキに視線を走らせた。 瑠璃の瞳は語っていた。「今は出るべきでない」と。 「あなたにそれを決める権利はない!! …神護隊、今すぐフェルマータ・M・ラトメの御子二人を探し出して、お連れしろ!」 「やめて!!」 エッフェルリスの台詞にフェルマータが反論するが、彼は背を向けて、言った。 「……その者は、ラトメディアを大きく揺るがした大罪人だ。 牢に入れておけ」 言うが早いか、割れた人ごみを突き抜けて去るエッフェルリス。 人々も、神護隊も、立ち尽くしたまま。 |
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