褪せて粉吹く出会いの日 |
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一日の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。 あわただしく教室へ入る子供達。 ラファもそんな中の一人で、彼は男友達と一緒に話しながら席に着いた。 「なあ、古代史の宿題やってきた?」 「やってない、あんな量解けるわけねえよ。お前は?」 「なあんだ、ラファだったらやってるかと思って期待してたのに」 笑い声。いつもどおりの日常。 と、担任のメアル先生が教室に入ってきて口をつぐんだ。 彼女はとても厳しい。教師が教室にいるのにお喋りなどしていたら怒られるだろう。 だが、おそらくその日は、たとえメアル先生がとても温厚だったとしても口をつぐんだに違いない。 先生は一人の女の子を従えていた。 編入生らしい。新学期が始まって間もないこの時期には珍しい。 女の子は小麦色の髪と瞳で、だけどどこか不機嫌そうで、話しかけづらい雰囲気を身に纏っていた。 「えー、皆さん、おはようございます。 早速ですがこのクラスに新しいクラスメートを迎えることになりました。 マユキ君です、みんな、仲良くしなさいな」 自己紹介を促すようにメアル先生はマユキの背に触れたが、 彼女はむっつりしたまま軽く会釈しただけだった。 「…マユキです」 よろしく、とも言わずにこりともしない新入りの様子には、あまり好印象は持てない。 ラファは隣の席の友人と顔を見合わせ肩をすくめあった。 と、メアル先生が困ったように眉尻を下げながらクラスを見回した。 「まあ、まだ不慣れだから仕方ありませんね。 誰か案内係をつけましょう。そうね…ラファ君!」 「えっ、俺!?」 「ええそう、あなたはレクセ出身でしょう。マユキ君にいろいろ教えてやりなさい」 とんだ貧乏くじだ。レクセ出身の奴など他にも大勢いるというのに。 はやし立てるように口笛を吹いたり拍手をしたりするクラスの奴らをひと睨みする。 と、マユキがラファの真後ろの席にやってきた。 「……よろしくな、なんでも聞いていいから」 癪な話だが頼まれた以上やることはやる。 振り返りざまにラファが言うも、しかしマユキは冷たい表情のままそっぽを向いた。 「…別によろしくしないでいい。案内もいらない。私、勝手にやるからほっといて」 …なんて無愛想な奴だ。 そのとき、ラファの中でのマユキの株は第一印象で大暴落した。 ◆ 「勝手にやるから」の宣言どおり、マユキはそれからラファにも、クラスの誰にも構うことはなかった。 休み時間はいつも一人で窓の外を見るともなしに見ていて、 そして放課後になると誰よりも早く学校外へと飛び出していく。 そんなマユキはクラスメートの中でも浮いていて、皆白い目で彼女の背を見ていた。 ラファも他の者同様マユキにはあまりいい印象は抱いていなかったし、 それから彼女の印象がよくなることなど考えすらしなかった。 …が、ある日。 久しぶりに実家にでも帰ろうかと思い、レクセの住宅街に入ろうといつもと違う道に足を踏み入れた、時。 どんっ! 小道から飛び出していた少年と正面からぶつかって、互いに尻餅をついた。 「うわっ」 「いって!」 打ち付けた臀部をさすりながら起き上がり、少年を見る。 …小麦色の髪。どこかで見た色だ。 ひとまず謝ろうと口を開くと、少年のほうが先に頭を下げてきた。 「すみません、前を見ていなかったもので…」 「……あ、いや、こっちこそ…」 随分と礼儀正しい少年だ。 と、彼は小麦色の瞳でふとラファを見て、首をかしげた。 「…あれ、あなたは…」 「ん?」 「ユール!」 と、少年の背後から慌しく駆けてくる影。 ユール、というらしい少年はのんびりと振り返ってほんのちょっとだけ微笑んだ。 「姉さん」 「ユール、駄目でしょう人に迷惑かけちゃ! すみませんお怪我はありませんか?………って、」 「マユキ?」 「…ラファ」 ◆ マユキが放課後になるとすぐ飛び出していく理由。 それがこの少年、ユールらしい。 「らしい」というのは結局マユキがはっきりとしたことを言わないからだ。 ユールはまだ12歳。 13歳以上にならないとルイシルヴァ学園には入学できないから、彼は編入手続きを取れなかったのだろう。 ユールの話によるとこの二人は今姉弟ふたりで生活しているらしい。 なるほど、ユールを養うために労働や家事に精を出している、というわけだ。 「無駄なこと言わないでいいの、ユール」 「だけどマユキ姉さん、この人多分マユキ姉さんの"剣士"だよ」 「……"剣士"…?」 「あのねえユール!そんなわけないでしょ! 別に私は助けなんて必要ないんだよ! ああ、ごめんねラファ引き止めて。用があるんでしょ?じゃあね」 そしてそそくさと立ち去ろうとするマユキ。 彼女に背を押されるユールがふとこちらを振り向いた。 ポケットから一枚のカードを取り出し、ラファに向けて投げてくる。 受け取ったそれは、長剣を携えた鎧の男…下部に"剣士"と書いてある。 ユールがひらひらと手を振りながら言った。 「マユキ姉さんをよろしくお願いしますね、ラファさん」 ◆ それから。 それからマユキと仲が良くなったのはいつからだろう。 とにかくその後もマユキとは話さない日々が続いたのは確かで、 そう、次の年度になってユールがルイシルヴァに入学して、 彼と話すようになったのがきっかけだった気がする。 最初はしかめっ面だったマユキの表情が柔らかくなって、そしてよく笑うようになって、 クラスにも溶け込むようになるのは、 このときは予想だにしていない、まだまだ先の話。 …だけど、その功労者、「助け」となったのが自分だとは、到底思えなかった。 |
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