でも、なくしたくないの
「なんであたし達って、敵同士なのかしら」

それは答えの出ない質問だ。
シェーロラスディは、顔をしかめながら言ったフェルマータの呟きに苦笑した。
「だって、ラトメとファナティライストだろ。
いがみ合ってる国の子供なんだから、敵同士で当然じゃないか」
「国同士が戦ってたって、その国の子供が敵にならなくなっていいじゃない」

二人は互いに背を向けて座っている。
背中に当たっているのは大きな木である。
シェーロラスディは分厚い本をぱらぱらとめくり、
フェルマータは何をするでもなくただぼんやりと青い空を見上げている。
まるでのどかな晴れの日の午後。
けれど二人の間にそびえたつ大木は、確かに互いの間で大きな壁となっていた。

「何言ってるの。
僕ら、最高指導者の子供だよ?
僕らが争わないでどうするの」
「じゃあ、戦争なんてやめちゃえ。
私シェロと戦うつもりなんてぜんっぜんないんだから」

シェーロラスディはとうとう本をぱたりと閉じてしまった。
つんとした少女の口調に苦笑して、フェルマータを振り向くでもなく彼女の名を呼んだ。
「フェル」
諌めるような口調。
するとフェルマータはかっと大声を上げた。
「なに!じゃあシェロは私と戦争してもいいっていうの!?」
「さあ。だって別に僕、フェルのこと好きじゃないし」

牽制するように飄々と言ってのけたシェーロラスディに、
フェルマータは唇を引き結んで顔をしかめてみせた。
その表情が容易に想像できたのだろう、
シェーロラスディはくすくすと笑った。

「……うそだよ、僕もフェルのことは好きだって」
「うそつき、人のことからかって遊んで、楽しい?」
「楽しいよ、だって相手がフェルだからね」

今度こそシェーロラスディは声を上げて笑った。
いつもそう。
シェーロラスディは初めて会ったときからこうしてフェルマータを惑わせる。
性格が悪いのだ。
世界王の血筋というのはみんなこうなのだろうか。

「……最低」
「その最低に惚れてるくせに」
「シェロ!」

声を荒げる。むかつく男だ。
人の好意に明確な答えも出さないくせに、
そのくせその好意を利用してこんなことを言い出して。
フェルマータはむっつりと言い放った。

「あんたなんて、大っ嫌いよ」



そう言われたシェーロラスディは、くすりと苦笑した。
フェルマータは自由な少女だ。
国にも、世界にも、役目にも、なんにも囚われていない。
純粋で、潔癖で、この世の汚いものを知らない。
だからこんな男に向かって「好きだ」なんて簡単に言ってしまえる。

(…僕なんかに、「好き」なんて言っちゃ駄目だよ)

その反面シェーロラスディはこの世の酸い甘いをしっかりわきまえていた。
策略も、欺瞞も、ファナティライストは薄汚れた世界の箱庭だった。
カミサマの都のくせに。

そうしてシェーロラスディもまた、
その薄汚れた箱庭を十数年見てきたのだ。
大切に大切に、綺麗な存在として育てられてきたフェルマータとは違う。

「……そうだな、じゃあ僕が世界王になったら、
ラトメディアと戦争をするのをやめてあげよう」
「…やめてあげよう、ってなによ。押し付けがましい言い方しないで」
「ファナティライストは極力ラトメに関わらない。
これでどう?きっと平和な日々がやってくるよ、フェルマータ」
「………」

フェルマータは黙りこくった。
そりゃそうだ、ラトメに関わらない。
そうなればすなわち、こうしてシェーロラスディが、
フェルマータに会いに来ることもなくなるのだから。

そのほうがいい。
僕など傍にいないほうがいい。

きっとフェルマータには、もっと相応しい男が現れるはずなのだから。

フェルマータはやがてぽつりと呟いた。
「……戦争は、やだけど…
シェロにあえなくなるのは、もっとやだ」

ほら。
そんなところが、僕を惑わせるんだよ。
だからもう、僕の心に触れてこないで、フェルマータ。
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