仄暗い中で、あたしは誰の名を呼べばいいの |
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神護隊に入るのは簡単だった。 この出で立ちを見ればエルディと双子だということは容易に想像がつくし、 (まあ実際は違うのだけれど) 幻術を駆使すれば気づかれずに男だと思わせることなど楽勝だ。 エルミリカ・ノルッセル。 予知夢の君の魔力を侮ってもらってはいけない。 そして、エルミリカは事実、その使い方を熟知していたのだから。 エルミは決してエルディに話しかけなかったし、 エルディはちらちらとこちらを見てきても声をかけてくることはなかった。 だから兄弟仲が悪いのかと他の神護隊の面々は察していたのだけれど、 唯一、レインだけはこの二人の様子に眉をひそめた。 「エルミ!」 「…レイン」 「どうしたんだよ、エルミ。 君ってば、エルディに会いにわざわざ神護隊に入ったと思ったんだけど」 エルミは苦笑した。 まさかエルディが自分を厭うようなことを言い出した現場を見たなどとは言えまい。 肩をすくめて、手にした書類を抱えなおした。 「別に、そういうわけじゃありません。 ただ、盲目も治ったんだから、自活しなきゃと思って。 神護隊は給金がいいですから」 「…敬語禁止」 額を弾かれた。エルミは僅か赤くなったそこに細い指先を乗せて、 しかし笑みは切らさなかった。 レインは全く納得していない。 「神護隊じゃなくても給金のいいところなんてラトメにはたくさんあるだろ。 舞い手とか、エルミは予知夢の君なんだから魔術師になったって稼げる。 それでもわざわざ神護隊に来たのはなんで?」 「……さあ、でもエルディ君に会いに来たわけじゃない」 嘘だ。 わざわざ孤児集落を出て首都までやって来たのは、 エルディとレインに盲目が治った事を知らせたかったからだ。 だが、神護隊に入ったことは特に理由があるわけではない。 一緒に仕事ができたら素敵だとは常々思っていたが、 今自分がここにいるのは、単純な興味と好奇心。 いつ女だとばれて辞めさせられても文句もないだろう。 「………なんかあった?」 気遣うようにエルミの顔を覗き込んでくるレイン。 彼はいつも、誰よりも先にエルミの異変を察知してくる。 今までにないタイプだ。だからいつも扱いに困る。 エルミは表情を固めた。 「なにもないよ」 「嘘。あんなにエルディのこと大事にしてた君が、 エルディのことをここまで徹底的に無視するわけがない」 「だからなんでもないってば、」 「エルミリカ」 この時代では彼しか知らない、彼女の本名。 それを呼ばれてエルミは口をつぐんだ。 顔を歪めて、やがてぽつりと呟く。 「………エルディ君は、変わったね」 「うん?」 「冷たくなった」 「…もしかして、それで声かけられなかったの?」 黙りこくって、レインの顔が見れずに俯いていると、 頭上から「ぷ、」となにやら噴出すような声が聴こえた。 途端に盛大な笑い声を上げてみせたレインに、 エルミは思わず目を丸くする。 「あははははははははは!!!」 「……」 「あはは、あのねえ、エルミ! エルディは怒ってるんだよ!」 「…怒ってる?…やっぱり、僕のこと、迷惑だったってこと?」 「そんなこと気にしてたの? あのシスコンのエルディが君のこと迷惑に思うわけないじゃない! エルディはね、自分で溜めたお金でエルミを医者に診せて盲目を治してもらって、 それでもって自分で溜めたお金で君をラトメに住まわせたかったんだ!」 エルミは呆気に取られた。 まさか。だって自分とエルディは血だって繋がってないのに? 「僕の盲目って、だって」 「そうそう、だから僕は止めたんだよ。 『エルミの盲目はお医者さんに行っても治らないんだよ』って。 そしたらエルディ、もっと怒っちゃって。 なんで僕が知らないことをレインが知ってるんだーって拗ねちゃってさ。 話さなかったエルミにも怒り出す始末でさ、 そんなときにエルミが盲目治して来ちゃったんだ。 しかも神護隊の寮に入っちゃったから、 エルディは後者の野望も果たせなくなっちゃったってワケ」 「………」 「それにしても、君はよくラトメに来たよねえ。 ラトメって、君にとっては因縁の一族なんじゃなかったっけ?」 しかし彼もよく話を覚えているものだ。 エルミはまだ瑠璃の瞳をまんまるに見開きながら、 思わず口をついて言ってしまった。 「だって、エルディ君がいるし」 「……やっぱり」 「あ、」 眉を下げてくくくと笑うレイン。…謀られた。 頭を抱えると、この能天気な策士はエルミの頭をぐるぐる撫ぜた。 「ねえ、エルディも誘って、三人でラトメの観光にでも行こうか」 「……でも、エルディ君、怒ってるんでしょ」 「あんなのエルミが一言話しかければ解決するって。 …君たちはさ、もうちょっと、互いに頼り合ってもいいんじゃない?」 みかん色の瞳は別に世界で特別な色をしているわけでもないのに、 それは唯一無二のように至高の輝きを放っていた。 エルミは書類で口元を隠しながら彼の瞳を見つめる。 気恥ずかしい。 けれどエルディが自分を嫌ったわけではないのだと分かって、 随分とほっとしている自分が、どことなく悔しかった。 …もう私、1人では生きていけないのかしら。 ◆ 「あ、の、エルディ君」 トレイズの脇で書類と格闘しているエルディに恐る恐る声をかけると、 エルディはびくりと一旦大きく肩を跳ねたあと、ゆっくりと視線をこちらに寄越した。 「……なに」 「…ごめんね、盲目、治しちゃって」 すると今度は顔ごとこちらに向けてきた。 みるみるうちに白い頬を赤く染めて、 エルディはぱくぱく魚のように口を開閉させて、 そして出し抜けに叫んだ。 「なんで、それ!」 「レインに聞いた」 「…あいつ!」 「あ、あのね、エルディ君!」 慌てて立ち上がり執務室を出ようとするエルディを呼び止める。 顔を赤くしたまま振り返るエルディに、 エルミは心から笑ってみせる。 「一緒にお金溜めて、いつか首都に家、建てようね」 それを聞いたエルディは、今度こそ顔を強張らせて、 一目散にレインを探しに駆けていった。 その様子を一部始終見ていたトレイズが、 ぽかんとエルミに向けて呟いた。 「…お前らって、仲悪いわけじゃなかったんだ」 エルミは苦笑した。 |
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