ただ想うだけはこんなにも難しい
ピルはいつだって優しかったから、ユールはそれに甘えていた節がある。
自分がどんな馬鹿をやったって、彼女だけはついてきてくれる。
そんな風に思っていたのが間違いだったのだ。
今なら分かるけれど、気づくのはあまりに遅すぎた。

「ねえ、これをレストランまで運べばいいの?」
「手伝ってくれるの?ありがとう、ピル」

そう、彼女は優しい。
フェイとピルが楽しげに談笑している。
ユールは何をするでもなくその様子を見るともなしに見ている。
隣のギルビスは一人我関せずと本に熱中している。

全ての行動を眺めていたソラが舌打ちした。
「ユール」
「…なに?」
「アンタはそれでも男なのかッ!」

唐突に大声と共に殴られて、
(前々から思っていたが彼女に女の自覚はないのだろうか。
まさか拳で殴られるとは思っても見なかった)
ユールはぼんやりしたままソラを見上げた。
彼女はユールの正面に立って仁王立ち。
腰を曲げてこちらを見下ろしている。

彼女の言わんとすることが知れているユールは、
そっと目を伏せるしかできなかった。
「…性別は男だけど」
「そういう話をしてるんじゃなあい!
フェイよ!?よりにもよってあのなっさけない男よ!?
アンタあいつに取られちゃってもいいってワケ!?」
「ソラ、デリカシーってもんを持ちなよ。
そのまま行くとユールのプライバシーはずたずただ」

本に視線を落としたままギルビスが助け舟をよこした。
ソラはちらと楽しげに寄り添い合うフェイとピルを見やって、
それでも機嫌悪そうにユールを見下ろした。
目下の少年は相変わらず何を考えているのかつかめない、
ぼんやりとした視線を地面に落としている。

「…むかつく」
「ソラ」
「むかつくむかつく!ギルビスだってそう思わないの?
ユール、あんた達恋人同士だったんでしょ!?
男なら『記憶が無くなったってピルを幸せにしてみせる!』くらいの
啖呵は切ってみせなさいよ!」
「ソラ、お前は恋愛小説の読みすぎ」

ユールは黙りこくったままだった。
別にユールとピルは恋人のような甘い関係ではなかったのだが、
それを訂正する気も起きずに、ただこれだけ言った。

「…そんなに頼もしいこと僕が言ったら、ピルが怒るよ」
「なにそれ」
「ピルが学園で苛められてたときにあの子を庇ったら、
『そんな頼もしいユールはユールじゃない』って怒られたから」

これにはソラもギルビスも嘆息した。
そんな言い訳をしても、結局のところユールに勇気が足りないのは明白だった。

「…それでも、怒っててもきっとピルは嬉しかったわよ」
「そんなこと、」
「そうなの!だからさっさと男らしいところを見せ付けてきなさい!」

背中を蹴られて、無理矢理ピルたちのところに追いやられる。

ただ、見ていられればそれで十分なのに。
みんなに優しいピルが、たまにその眩しい笑顔をこっちに向けてくれたら、
それだけで、

「…僕が持つよ、ピル」

ひょいとピルの持っている箱を取り上げると、
彼女はやはり太陽のようなまぶしさで、笑った。
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