それを訊いたら全てが 終わってしまう |
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「おめでとうございます、ご懐妊です」 医者に話を聞いたその侍女の台詞を聞いたとき、どんなに私が絶望したか。 きっとあなたは知らない。 ◆ 「フェル!子供が出来たって本当かい!?」 そんな私の晴れない気持ちも知らないで、 私の愛しいエルフェオはサザメの反対を押し切ってソリティエ神殿に飛び込んできた。 玉座に腰掛けながら、私はむっつりと口を閉ざす。 「女の子かな?男の子かな?どっちでもいいけど! とうとう僕たちの間にも子供が出来たんだね!」 エルフェオはそう言って私を抱きしめた。 濃紺の髪と瞳。ソリティエ家の証。 もともと"神の子"とは、ソリティエ家を守護する一族だった。 それがやがて影武者のような役割を負い、そして権力を持ち、 最終的にはソリティエ家の立場に神の子の一族が立ってしまい、 ソリティエの一族はラトメを追われた。 そんな経緯から、神の子であるこの私と、 ソリティエの血を引く彼と結ばれることなんて想像もしていなかった。 私がいくら面食いで惚れっぽいからって、 不老不死一族とは絶対に一緒にならないと決めていた。 (そう、だから私はあれでも顔は整っているシェーロラスディとは、 絶対に仲良くならないように決めていた!) 私とエルフェオの子。 ということは、確実に不老不死の血を持って生まれてくる。 そして"神の子"の宿命を負うのだ。 一生をこの薄暗い神殿に閉じ込められて。 私だって、母が崩御して一時的に地方へ逃げるような事情がなかったら、 神宿塔から一歩も出ることはなかっただろう。 そこを、幸せな箱庭だと信じて。 そんな人生間違ってる。 だから、私は子供を一生産まず、いっそこの"神の子"の制度も廃止してしまおうと思っていたのに。 「エルフェオ」 「なんだい、フェル」 「…流産にするには、どうしたらいいのかしら」 駄目だわ、一国の上に立つものがこんな情けない顔。 エルフェオの喜びに満ちた表情が、ゆっくりと無表情に変わっていく。 「どうして?」 「…私、産みたくない」 「でも、僕は君に産んでほしいよ」 「そうなればこの子はッ、"神の子"になるのよ!」 エルフェオは驚くことはなかった。 ただ優しく、いつものように微笑んで、私の両手を彼の大きな両手で包んだ。 「ねえ、フェル。 僕は"神の子"としての君が、好きだよ」 「…何よ、いきなり。いつもいつもサザメと一緒になって、 私は何十年経っても子供っぽくて、 国の上に立つ者には向かないって言うくせに!」 「まあね。でも、一生懸命に民のことを考える、君が好きだよ」 「……」 そんなの、嬉しくない。 望んで得た立場じゃないのに。 「……こんな時になって、調子のいいこと言わないでよ」 「ふふ、そうだね。またシェロに怒られちゃうな。 彼、君のこと好きだったんだから」 「シェロのことなんてどうでもいいの! 私が好きなのはエルフェオだけ!」 それは嬉しいね、エルフェオは目を細めた。 彼と私はそう変わらない年であるのに (見た目は互いに二十代でも、私達はもう百年近く生きている) 彼は悔しいことに私よりもずっと大人だった。 「ねえ、僕はシェロみたいに、君を甘やかしたりしないよ」 「…いきなり、なんなの」 「君は生まれてくる子供が苦しむって思ってる。 子供を幸せにできる自信がないからって、今のうちに殺そうとしてる」 「…!こ、殺すんじゃないわ! だって、この子だって生まれてくるより、そっちのほうがずっと…」 「幸せだって?馬鹿言うな。 生まれてこないことが幸せなんて、そんなことはないよ」 エルフェオは怒っていた。私は息を呑んだ。 と、小さく溜息をついて、エルフェオは私の手を握りなおした。 「ねえ、フェル。 女の子だったら、僕が名前を決めてもいい?」 「……私は産まない。あなたが何を言っても、絶対、絶対によ!」 私は涙声だった。けれどエルフェオは構わず続ける。 「そうだな。マユキなんてどうだろう。 古い言葉で、『自由』とか『希望』って意味だ。 いい名前だろう?」 「もうやめてよ!」 私はエルフェオの両手から自分の手を引っ張り出して、 勢いにまかせて彼の頬をはたいた。 横っ面を張った彼の瞳はやけに冷たく見えた。 「私っ、わたしは、産まない! そうよ、私が今ここで、死ねばいい! 魔弾銃でこめかみを撃てば、きっと私だって…」 「赤の巫子は魔弾銃じゃ死ねない。 君はそのおなかの子に赤い印を継承するまで、死ねない」 「……っ」 しにたい。 そう呟くと、エルフェオは強く私を抱きしめた。 彼の腕は太くたくましく、私は疎ましい紅い目から涙を零した。 「……頼むよ…」 不思議。彼も泣きそうだった。 「頼むから、死にたいなんて、言わないで。 死ぬなんて、君がいなくなったら、僕はどうすればいいんだ」 「…じゃあ、どうすればいいの……」 「一緒に考えよう」 エルフェオの声は深くて。 私の胸によく透き通るから。 私は何度だって、彼の気持ちを思って愕然としてしまう。 「一緒に。独りで考えて、答えを出さないで。 僕も一緒にいるんだから。 一緒に、この子も、フェルも、幸せになれる方法を探そう。 …そうだな、今度、僕と一緒に夜逃げでもしようか、フェル」 「………馬鹿」 そんなの、私ができないってわかってるくせに。 そう言うと彼は、困ったように目尻を緩めて、笑った。 |
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