10.第二の赤の巫子
死んだ?
誰が?
俺の、父さんと…母さんが?
一月も前に?

そんな……そんな、馬鹿な。

「嘘だ!!」
「嘘じゃないよ。
まあでも、あんな平凡な奴、
偉大なるレーチス様の血筋には相応しくなかったしね。
清々したよ。君には悪いけど」

全く悪びれる様子も見せず、チルタは言った。
全身の血が止まってしまったかのようだった。
ラファはただヒトガタの石のように、
その場に立ち尽くして凍り付いていた。

「………そん、な、そんな訳……何かの、間違いじゃ…」
「あ、そうそう。ラファ君の顔知らなかったからさ、
ちょっと拝借させてもらったんだ。
一緒に写ってるの、ご両親でしょ?」

微笑んで、チルタは何かを投げてきた。
足元に転がる、見覚えのある写真立て。
ラファがレクセに入学したばかりの頃の、家族で撮った最後の写真。
ヒビの入ったガラス。木製の枠には、
何やら赤黒い染みが飛んでいて…

「――――――――!!!」

むっつり顔のラファの両脇でにっこり笑う両親の姿に、ラファは。

「ああああああああああああああああ!!!」



―――憎いかい?

………

―――両親を殺した、あいつが憎いかい?

……………憎いよ

―――じゃあ、仇を取ろう

……え?

―――大丈夫。僕に任せて。だって君は、

赤 の 巫 子 な ん だ か ら



ぴん、と。
糸が張り詰めたような、そんな静寂が、辺り一面を支配して。

トレイズが声を荒げた。
「ラファ…!お前、まさか……やめろ!」
「うるさい…」

駆け寄ってくるトレイズに向けて右の手のひらをかざすと、
トレイズは目の前に透明の壁でも現れたかのように跳ね返り、尻餅をついた。

「うわっ」
「トレイズさん!」
「ご無事ですか!?」

エルディとクルドがトレイズの脇に膝をつくのを見もせずに、
ラファはゆっくりと、歩き出した。
……チルタを、目指して。

巫子狩りが寄ってくるが、気にするものか。
腕を一振りすると、巫子狩りたちは石になったかのように
突然立ち止まって、動かなくなった。
…ああ、なんという快感だろう。
これが"赤の巫子"の力。
これを使って、奴を……

―――それで、満足ですか

「っ!」
ラファは立ち止まった。辺りを見回すが、
誰もそんな台詞を発したものはいない。

―――それで、そうやって全てを壊してしまうことが、
あなたのしあわせだとでもいうのですか


誰だ?
誰が言っている?
どこから…

ラファはそして、ふと銀の腕時計に視線を落とした。
文字盤のない時計。
その止まっていた針が、今は目にも留まらぬ速さで回っていた。

―――あなたにとってのしあわせは、なんですか

「……俺は…」
ゆらり。
ぴんと周囲を張っていた空気が揺らいだ。
それにいち早く気付いたチルタが、手にした剣に力を込める。

「油断は禁物だよ、ラファ君?」
「…!」

そして振り下ろされた鈍色の光が、ラファを捉えて…

………ぴたり。

しかしチルタの剣はラファを斬る事なく、その頭上で静止した。
「……?」
恐る恐る、閉じた目を開いたラファは、息を呑んだ。

エルミ、クルド、エルディ、そしてトレイズ。
四人がそれぞれの得物の切っ先を、
チルタの首筋に向けていたのだ。

「……過去夢だのなんだの、俺にはよく分からねえけどなあ…」
トレイズが、今まで聴いたこともないくらいに冷めた口調で言った。

「それはラファみたいな"ただの学生"巻き込んでまで、
手に入れなきゃならないモンなのか?」
「………トレイズ…」

呆然とラファが呟くと、彼は少し高い位置からラファを見下ろして、
そして、微笑んだ。
もう何も心配することはないんだと、そう言うように。

「…だから、僕は君が嫌いなんだよ、紅雨のトレイズ。
"予知夢の君"を保有しておきながら、
その価値にまるで無自覚で、
しかも今度は、"過去夢の君"まで我が物にせんとしている…」
「チルタ…」

チルタは剣を下ろした。ラファに背を向け、右腕を一振りすると、
巫子狩りの石化が解けた。
「撤退だ」
「し…しかし、チルタ様!」
「文句は聞かないよ、命令だ」

自身の背後から剣をつきつけていたエルミを押しのけ、
チルタは数歩歩いてからふと立ち止まって、ラファを振り返った。

「…ラファ君。君はいつか、絶対にラトメ側についたことを
後悔する日が来るだろう」
「………え…?」

「君はあのレーチスの孫だ。その血には決して、抗うことはできない」

血?それがなんだというのだろう。
レーチスとは何者なんだ?
チルタとは…

「お前は………まさか」
「僕?……お察しの通りさ」

そしてチルタは、歪んだ笑みを浮かべた。
酷薄な笑顔は、まるで全てを破壊したいと、そう語っているようだった。

「そう……僕が"第九の巫子"だ。
君がいずれ、殺すであろう人間だよ」
BACK TOP NEXT