11.決意 |
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「………お戻りになられましたか、ラファ様…」 「フェルマータ、様…」 ラトメディア神宿塔、最上階。 ソリティエ神殿の、赤色のソファーに座った女性。 彼女はラファの姿を見止めて、目を細めた。 「巫子として生きることを、決めたのですね」 「……別に、アンタの為じゃないからな。 父さんと母さんが殺されたって話も本当かどうかまだ分からないし… ただ、巫子になればじーさんのことも何か分かるかもって、思って……」 それだけだ。消え入るようにそう言ったラファに対して、 フェルマータはしばし目を伏せた。……笑みを浮かべて。 「……そうですか」 「………」 「いいのですよ。私のためなどではなくても。 どうぞそのお力、自らの目的の為に存分にお役立てくださいませ。 それだけで、十分です」 そう言って笑ったフェルマータの、顔。 ラファはこの顔をどこかで見たことがあるような気がした。 そう、とても身近なところで… 「マユキ様も心配しておりました。 はやく顔を見せてあげてください」 ◆ 「ラファ!!」 神護隊本部に着くなり、小麦色の髪の少女が飛びついてくるものだから、 ラファはよろめいた。 「ラファ、よかった、本当に、無事でよかったあ…」 「マユキ…」 「マユキ様、ラファ様のことすっごく心配して大変だったんですよ?」 マユキの後から本部の門をくぐってきた、 みかん色の瞳の少年は、 少し呆れたようにラファを見て、言った。 「レイン…」 「本当に…チルタ高等祭司に会ったって聞きましたけど、大丈夫でしたか? エルミは機嫌最悪だったし、トレイズさんも珍しく怒ってるし… 散々な逃走劇だったみたいですねえ」 「………悪かったな」 にこにこと笑うレインにバツが悪くなって、ラファはうつむいた。 それを気にも留めずにレインは続ける。 「それにしても珍しいものが見れましたよ。 本部の入り口でトレイズさんとエルミがケンカしてたんです!」 「えっ!?」 「なんか過去だか未来だか… とにかくトレイズさんが『なんで言わなかったんだ!』って顔真っ赤にして叫んでたし、 エルミはエルミでいつもの愛想笑いもせずにむっつりしてるし… はじめはエルディが何かやらかして怒られてるものだと思ってましたもん」 過去と未来。そういえば、その辺りのことにエルミは詳しいようだった。 レーチスのことも聞きたいし、あとでエルミに尋ねてみるか… そうラファが思ったとき、マユキが嬉しそうに言った。 「ねえラファ、私、エルミに剣を教えてもらうことになったの! ラファも一緒にやらない?」 「剣?」 「……巫子を集めるって話、さ。 トレイズも手伝ってくれるって言ってたけど、 守られてばっかりじゃ駄目じゃない? だから、私もちゃんと戦う術を持とうと思って」 「マユキ…」 ラファはそんなマユキに唇を引き結んだ。 自分より一回り小さい少女が、 こうして自分の辿る道を決めていて。 ………じゃあ、俺は? 俺は決められるのか?そうでないのか? その時、「じゃあ俺も」とまたしても流されそうになっていた ラファの脳裏に浮かんだのは、 チルタに振りかぶられた、鈍い光の記憶だった。 「……いや、俺はいいや。なんか剣って怖い。 エルディに魔術でも習うさ」 「そっか」 「俺、ちょっとエルディたちの部屋に行ってくる。 聞きたいこともあるし」 「…行ってらっしゃい」 本部の中へと入っていくラファの背を見ながら、 レインがぽつりと呟いた。 「……なんだかラファ様、大人しくなってません?」 「どうしたんだろう、ラファ…」 ◆ エルディとエルミは同室らしい。 途中出会う人に道を尋ねながら、 たどり着いたその扉をノックすると、 中からエルミらしい声が聞こえた。 …心なしか、少しいつもより高いような… 「エルディ君?どうしたの、何か忘れ物……」 「……………」 開いたドアが、ぎいと音を立てて。 ラファとエルミは、しばし硬直した。 風呂上りらしいエルミは、ワイシャツにズボンというラフな格好で、 シャツの第二ボタンまでは外れていた。 そして、その胸のあたりが、もっこりと膨らんでいて… って、胸!? 「ってえええ!?」 「え、わ、その、ちょ、ちょっとラファ様、大声はっ…ああもう!」 腕を引っつかんで、ラファを部屋に連れ込むと、 エルミは勢いよくドアを閉めて鍵を閉めた。 「……」 「……」 そしてまた、沈黙。 ◆ 「つ……つまり、エルミは、女…なのか?」 「はい……」 「で、でも神護隊は、女性禁制じゃ…」 「だから男装してたんですよ。胸潰して声低くして。 身体検査のときはエルディ君の幻術にがんばってもらってました」 「なんだってそこまでして神護隊に…」 エルミは窓の外に目をやって、微笑んだ。 「……エルディ君が、神護隊に行っちゃったから」 「え……」 「僕ね、昔…色々あって、目が見えなくなってたんです。 でも私たちは孤児で……ラトメの荒地にある孤児集落で育って、 助けてくれる大人なんて誰もいなかったんです。 …そんな時、集落にトレイズさんが来て、 神護隊のメンバーを探してて… ラトメの"神の子"直属の部隊だなんて、お給金だっていいし… エルディ君は、僕の目を治すために神護隊に入ったんです」 「エルディが?」 「ふふ、今のエルディ君からは想像がつかないでしょう? ……でも、そのすぐあとでした。 チルタが孤児集落にやってきて、僕の目を治してくれたんです」 エルミとチルタは、僕より先に知り合いだった… そう言ったエルディを思い出す。 エルミたちは、そうして出会っていたのだ。 「だから、僕はエルディ君に、 もう僕のためなんかに働く必要はないんだって言おうとして、 ラトメに来たんです。 …結局分かったのは、エルディ君はトレイズさんに心酔しちゃって、 神護隊を抜ける気なんてさらさらないってことだけなんですけど。 それで…僕もエルディ君と一緒にいるために男装して、隊に」 「………そうだったのか」 「一年くらい経ってから、 トレイズさんには女だってばれちゃったんですけどね。 それでもまだ僕をここに置いてくれてるあの人は… とても、優しいんです」 トレイズ。 何も決められずに逃げ出した自分を、 わざわざ追いかけてきてくれた人。 自分を、チルタから守ってくれた人。 兄がいたらあんなかんじだろうか。 頼もしい男だと、思った。 「………だな」 「それよりラファ様、僕のことは置いておいて、 結局なんの御用だったんですか?」 「それは、」 ラファはレーチスのことを聞こうかと口を開いたが、 しばし迷って、そして…口を閉ざした。 「………いいや、やっぱり。 また今度にする」 なんとなく、チルタやエルディのことを話す「彼女」が寂しげに見えて、 ラファはそのまま疑問を脇に押しやった。 |
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