12.旅立ち
「ほら、もっとしっかり集中しないと失敗しますよ」
「してるよ」
「目は閉じる!…魔力の流れを身体で感じて…」
「わかってるってば!って…うわっ」

ポンッ!

小気味いい音が響いて、ラファは尻餅をついた。
それを見下ろしながら、無慈悲にもエルディが言う。

「あなた、武術だけじゃなくて魔術も駄目ですよね」
「うるせえよ悪かったな!!」

あれから時はめまぐるしく過ぎ、
ラファ達がラトメディアにやってきてから優に三ヶ月の時が過ぎていた。
その間にマユキは剣を、ラファは魔術を、
それぞれエルミとエルディから教わっているのだが…

「エルミってばすごいんだよ!
今日買い物に付き合ってもらってたんだけど、
エスコートは上手だしセンスいいし…
ほら見てこのネックレス!おごってもらっちゃった!
さすが街の女の子の一番人気なだけあるね!」

日に日にマユキとエルミの仲が深まっていくのがなんとなく不安なラファだった。
そのうちマユキが「エルミが好きだ」とか言い出したらどうしよう…
いろんな意味で応援できない。

エルディはというと、予想に違わぬスパルタぶりで、
ラファは毎日へとへとだった。
仕事そっちのけで付き合ってくれているのだからと、
最初は従順に従っていたラファだったが、
流石に三ヶ月、毎日この生活が続くとなると話は別だ。
文句のひとつも言いたくなる。

四つんばいになって息を整えていると、
今いる中庭から見える渡り廊下から、クルドが出てきた。

「ラファ様、トレイズさんがお呼びです。至急執務室へ」



「おう、来たかラファ!」

トレイズと、先に着いていたマユキは、
優雅に午後のお茶会と洒落込んでいた。
おろしたての白いカップに、やわらかい香りを放つハーブティーを注いで、
クルドはマユキの隣に腰を下ろしたラファにそれを差し出した。

「どうぞ」
「あ、どうも」
「で、ラファも来たところで早速本題だが、
どうやらチルタが本格的に動き出したらしい」
「!」

唐突な話題に、むせたお茶をなんとか喉に流し込み、ラファは言った。
「チ、チルタが!?」
「ああ、まだ目的は分からねえけど、
まず奴が狙うのは各地に散らばってる巫子だ。
向こうには魔弾銃もあるし、ラトメの保護なしで生き残るのは難しい。

そこで、だ。これから各地を回って、巫子を保護していく。
それにお前達も同行してほしい。……頼めるか?」
ラファとマユキは顔を見合わせた。
わざわざ口に出してどうするか相談する必要はなかった。
二人は互いに、頷きあう。

「行くよ」
「勿論!」
「……いい返事だ。クルド、地図を」
「はい」

クルドが机上に広げた大きな地図を覗き込む。
トレイズが南側の一点を指した。
「ここがラトメの首都、フレイリア。今いる場所だ。
そのすぐ近くにあるのがルシファの村で、
そこから北東に上ったところがモール橋だ。

今居所が分かっている巫子は二人。
まずはインテレディアのはずれの村に行って、
第三の巫子を仲間にしよう」
「あと一人は?」
「あいつはシェイルにいるはずだから、インテレのあとで大丈夫」

そう言うトレイズは、もう一人の巫子と知り合いらしい。
気のせいだろうか、彼の顔は青い。
マユキが何かを悟って質問を変えた。

「それで、インテレディアまでは転移で行くの?」
「いや、徒歩で」
「なんでだよ!?俺せっかく転移呪文マスターしたのに!」

するとトレイズは深い溜息をつき、げんなりとして言った。
「……俺、転移呪文苦手なんだよ…」
「でも、レクセの無人廃墟の館には転移装置で来たんじゃないの?
ほら、ワープゲートがどうとか言ってたじゃない」
「人がやる呪文がだめなんだ。
どうも酔うというかなんと言うか…とにかくあまり好きじゃない」
「ちぇっ、やっとスパルタ修行の成果が出ると思ったのに」

すねたようにラファが言い、トレイズが苦笑すると、
廊下からどたばたとけたたましい音が聞こえてきた。
その音はこの部屋の前で止まって、そして。

「「トレイズさん!!」」
「お前達、廊下は走るな!」
「うるさいよクルド!
トレイズさん、巫子集めの旅に出るってホントですか!?」

見るとその音の出所はエルディとレインだった。
彼らはクルドを押しのけて、トレイズへと詰め寄った。
「ああ、ほんとだよ」
「「僕も連れて行ってください!」」

叫んで、そして、全く同じタイミングで二人はお互いを見た。
「君なんて一緒に行っても足手まといになるだけなんじゃない?
レインは本部でエルミと留守番だよ」
「何言ってるんだよ、エルディこそ可愛い弟と留守番してなよ
僕が代わりに行って来てあげるからさ!」

するとぎゃいぎゃいと騒ぎ出すエルディとレインの脇から、
兄と同僚を見事に無視してエルミが書類片手にやってきた。
「ラファ様にマユキ様、巫子探しの旅に出るんですって?」
「エルミ」
「気をつけて下さいね、ラファ様。
チルタなんかにそそのかされたりしないように」
「しないよ!」

エルミはくすりと笑うと、書類をクルドに渡してトレイズに向き直った。

「行ってらっしゃいませトレイズさん。
あいにくとまた女の子に呼び出されてて、
お見送りが出来ませんので今のうちに言っておきますね」
「お前ホントにモテるよなあ…」

確かに顔よし武芸よし地位よし人当たりよしとくれば、
憧れるのも無理はないだろうが。
流石に性別の壁はあまりに高い。
……同性愛、というのもまあないこともない、が。

「でも誰とも付き合う気はないんだろう?」
「今のところ女の子には興味ありませんねえ」

クルドの質問にエルミは朗らかに答えた。
そしてトレイズは、未だに口論しているエルディとレインをようやく止めにかかる。

「おーい二人とも、言っておくけど、
今回は俺とラファとマユキの三人で行くからな」
「「ええっ!?」」

たちまちショックを受けた顔で声を上げたエルディとレインを尻目に、
クルドが控えめに申し出た。
「一人くらい、付き人をつけてもいいのでは…?」
「大人数で行動しても目立つだけだしな。
大丈夫だろ、ラファもマユキもこの三ヶ月、がんばってたしな」



「いよいよだねラファ!」
「だな」

わくわくした様子のマユキに対して、ラファはひどく緊張していた。
チルタの計画を阻むための旅。
ということは、彼とまた会うこともあるかもしれないのだ。
……次に会うとき、自分はどんな態度で、彼に立ち向かうのだろうか。
そもそも……立ち向かえるのだろうか。

はしゃぐマユキを横目で見ていると、
殺風景なラファの部屋の扉がノックされた。
「………はい?」
「ラファ様、……あ、マユキ様もこちらでしたか」

二つの銀色の頭が、扉のむこうからひょっこりと飛び出してきた。
…エルディとエルミだ。

「エルディ君がラファ様に会いたがってたから、連れてきました」
「違う!」
にこにこと笑うエルミの横で、エルディは真っ赤になってうつむいた。
彼がそんな表情をするなんて、珍しいこともあるものだ。
「……これを」
「?」
エルディが手のひら大の麻袋を突き出してきた。
受け取って中身を見ると、
それはレクセを出たあの時に、エルディがくれた錠剤だった。

「……くれるのか?」
「まっ、また疲れただのなんだの言ってトレイズさんを困らせたら、
貴方を教えた僕の面子がないでしょう!
それだけです!」
「まったく素直じゃないなあ、エルディ君は」

それにまた陶器のように白い肌を紅色に染めてエルディは怒った。
ラファはエルディに笑いかける。
「ありがとな、エルディ」
「……っ!!べ、別に…」
「じゃあ今度は僕の番ですね」

エルミは懐から銀の指輪を取り出すと、
銀の腕時計をつけたラファの左手の、中指に通した。
鎖を模ったその指輪は、腕時計と似たようなデザインで、
それを問おうと顔を上げると、エルミは察して頷いた。

「レーチスが僕にとくれたものです。
でも僕には必要のないものだから、ラファ様に差し上げます」
「いいのか?なんか…高そうだけど」
「値段なんて!……きっと、ラファ様がお持ちになられていたほうが役に立つでしょう」

するとマユキが膨れっ面で指輪を睨んだ。
「いいなあラファ…」
「お前もうネックレス買ってもらったんだろ!?」
「あはは、じゃあ僕たちはこれで」
「チルタにズドンといかれないように」
「怖いこと言うなよエルディ!」

エルディとエルミが出て行って、
マユキは一息つくとラファに向き直った。

「私たちもそろそろ行こうか」



「ではラファ様、マユキ様。
くれぐれもお気をつけください」
「トレイズさんっ、はやく帰ってきて下さいね!」

フレイリア入り口の門で、クルドとレインがそれぞれ言った。
麻袋を肩にかけたトレイズは、
心配そうな表情のレインの頭に大きな手を置いて、にかりと笑って見せた。

「ああ、さっと行ってさっと帰ってくるさ。
クルド、あとのことは頼んだ」
「承知いたしました」

クルドが一礼するのを見て、
トレイズはラファとマユキのほうを向き、言った。
「んじゃ、行くか!インテレディアへ」
「おう」
「旅立ちだね!」

そして三人は、三本の塔が立ち並ぶラトメディアに背を向けて、
一歩前へと、踏み出した。
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