13.インテレディア
ラトメディアを出てから、三週間が経った。
ラファは疲れた足首を振りながら、
ようやくやってきたインテレディアのはずれの村…
そこの入り口のアーチをくぐりぬけた。

「やっと着いた…」
「遠かったねえ……」
「ほらほらお前達!これから巫子を探すんだから座り込むなって!」
「ええっ!?ちょっと休もうぜ!」

しかし断固として巫子を探す気らしいトレイズは、
ラファとマユキの腕をひっつかんで立ち上がらせた。

……その時。
「あれ?旅人さんなんて珍しいわね」
明るい少女の声が村のほうから聞こえてきて、
ラファたちはそちらに視線を向けた。

長い栗色の髪を結い上げた、若草色の瞳の少女。
インテレディアの民族衣装らしいエプロンドレスに身を包んだ彼女は、
長いまつげをしぱしぱさせてこちらを見ていた。
その耳は、ぴんと長く、とがっている。

「「エルフ!?」」

ラファは驚きながら、マユキは喜びながら声をあげ、
トレイズはその叫びに全く動じない少女に声をかけた。

「やあ、ここの村の人か?」
「ええそうよ。ソラっていうの。よろしくね旅人さん」
「エルフが人里で暮らしているなんて…」

サザメもそうだったが、
彼女は神宿塔の奥深くに引きこもっているからか大して違和感を感じなかった。
しかし、人間嫌いのエルフが、
人と共存して生きていくなどできるのだろうか。

しかしソラは、あっけらかんと笑って見せた。
「よく言われるの。でも私は生まれたときからここで暮らしているから、
人間のこと嫌いなんかじゃ全然ないわ。
ただ人よりちょっと寿命が長くて、ちょっと耳が長いだけよ」
「うわー、いいなあ、エルフと共存かあ…」

夢見がち筆頭のマユキが羨ましそうに言った。
きらきらと目を輝かしている彼女を放って、トレイズが一歩前に出た。

「俺達、"赤の巫子"について調べてるんだ。
そういうのに詳しい人、知らないか?」

"赤の巫子"。
その単語が出るなり、ソラの目が一瞬きらりと光った。
しかし次の瞬間にはまたにこりと笑ったので、
もしかしたら光の加減でそう見えたのかもしれない。

「"赤の巫子"?そうね…
私は全然知らないけど、フェイとギルビスなら詳しいかもしれないわね。
村で一番頭がいいのよ。
そこにある食堂で働いているの。
行って聞いてみたら?」

ソラの台詞を聞いて、ラファ達はひとつ顔を見合わせた。
「わかった、行ってみるよ。ありがとな」
「いいえ、何かわかるといいわね」

口々に礼を言いながら食堂へと向かっていくラファ達の背を見送ってから、
ソラは優しい笑みを拭い去って、駆け出した。



食堂は、昼時ということもあってそれなりに混み合っていた。
空いたテーブルに座ると、
ブラウンのエプロンを腰に巻いた、
さらさらとした茶髪のウエイターがやってきた。
トレイズと大体同じような年頃だろうか。

「ご注文は?」
「ランチ三つ。それとさ、ここにフェイとギルビスって奴がいないか?」
「フェイは僕だけど……何の用?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって…
あ、忙しいならいいんだ。出直してくるから」

フェイは警戒心もあらわにしばらくトレイズを見ていたが、
やがて身を翻し、言った。
「ちょっと待ってて、ギルビスを呼んでくる」



ギルビスは、十代前半の少年だった。
フェイと同じブラウンのエプロンを身に着けており、
濃紺の髪は綺麗に切りそろえられていて、
髪と同じ色の瞳はどこか淀んで、白い顔は少しやつれていた。

「……僕と、フェイに何か用?」

その台詞はエルディのようにつんとしたものだったけれど、
それにしては覇気がなく、抑揚もなかった。
ちょっと面食らいながら、ラファは言った。

「俺達、赤の巫子について調べて旅してるんだ。
入り口のところでソラって子に、
君達なら何か知ってるかもって聞いてさ」
「「!」」

びくり、ギルビスとフェイが肩を揺らした。
目ざとくそれを見つけて、マユキが問う。
「………知ってるのね?」

ギルビスとフェイは素早く、視線をお互いに走らせた。
ギルビスは警戒を、フェイは困惑を、それぞれの顔にたたえて。
やがて、ギルビスが重そうに口を開いた。

「………知ってるよ。というか、
この村に一人、"赤の巫子"が住んでるからね」
「えっ」
「ギルビス!」
「フェイ、黙っててもらえないかな。
………会いたい?"赤の巫子"に」

ギルビスは淡く笑んだ。
濃紺の瞳の奥の奥、何かが嘲笑ったかのような、
そんな含みのある笑みだった。
ラファとマユキは、一斉にトレイズを見た。

「その巫子ってのは、ホンモノなんだろうな?」
「当たり前だよ」

トレイズとギルビスはお互い笑みを浮かべていたが、
二人の間の空気は火花を散らしあうかのように、不穏な香りがした。



ギルビスの家は、村の西にある小高い丘の上に建っていた。
「おい、ギルビス?本当にいいのか…
もしあいつらがファナティライストの奴らだったら」
「さあ、そのときはそのときさ」
「そんな悠長な…」

ひそひそと何事か話し込んでいるギルビスとフェイ。
と、話が済んだのか、ギルビスがこちらを振り返って言った。

「君達、ここに巫子がいるから、粗相のないように頼むよ」
「ああ」

そしてギルビスは扉を開けた。
扉が軋んで、高い音を立てた。

「リィナ、起きてるのかい?……って、うわ」
「うわって何よ『うわ』って」

家の中には一人の少女……ソラがいた。
彼女を見るなりギルビスとフェイが顔をゆがめた。
「なんでエルフがここにいるの…」
「エルフじゃなくてソラよソ・ラ!
あーあ、結局ばらしちゃったんだ。
今まで私たちが必死になって隠してきたことってなんだったのよ」
「元はといえばお前がギルビスのこと話したからだろ、ソラ!」

怒鳴るフェイには目もくれず、ソラはラファ達に笑いかけた。
「また会ったわね旅人さん。
赤の巫子について存分に調べていってね」
「やっぱりあんた、知ってたのか巫子のこと」

ソラは不敵に笑んだ。
「ええ、でも勝手に会わせるわけにはいかないもの。
ギルビスの妹なんだから、ギルビスと本人が決めなきゃ。
ああ、リィナは会う気があるみたいよ」
「妹、なのか」

ラファ達はギルビスを見た。
彼は奥の部屋の戸をノックした。
扉の向こうから、柔らかい返事が返ってくる。

「兄さん?」
「リィナ、客だよ」
「通してあげて」

そしてギルビスは扉を開いた。
その向こう側で、ひとりの少女が椅子に座っていた。
彼女は読んでいたらしい分厚い本から視線を上げて、
客人であるラファ達に微笑んだ。

その少女が身にまとうノースリーブの服からのぞく、
むきだしの細い肩には、血のように真っ赤な紋様が刻み込まれていた。
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