14.第三の赤の巫子
少女の髪と瞳は、ギルビスと同じように濃紺色をしていた。
細っこい体は、雪のように真っ白で、
とても儚い印象を受けた。

少女はまだ幼い声音で、言った。
「第三の巫子…リィナです。はじめまして」

フェイとソラはリィナに乞われて渋々部屋を出ていった。
扉がしっかりと閉まってから一拍置き、
さらに一息ついて、リィナが口を開いた。
「それで……ラトメ神護隊の方が何の御用ですか」
「気付いてたのか」
驚いたようにトレイズが言った。
それもそのはず。ラファ達が今身に纏っているのは
旅人には一般的な軽装の上にマントを羽織っただけの簡素なもので、
神護隊である要素など欠片も残っていなかったのだ。
マユキも、ラファの幻術によって赤い髪を隠しているし。

するとリィナが笑い声を上げた。
「あはは、ちょっと鎌かけてみただけですよ。
こう聞けば、巫子狩りはすぐにそれを利用して、
私を騙してファナティライストに連れて行こうとするだろうし、
本当の旅人ならどうしてそこでラトメが出てくるのか分からないでしょ?
そういう反応をするってことは、本当にラトメから来たのね!」

ラファとマユキは白い目でトレイズを見た。
……見事に彼は、この幼い少女の術中にはまったという訳か。

「まあ…神護隊だって分かってるなら話は早いか。
俺達はお前をラトメで保護するために来たんだ」
「……」

リィナは目を伏せた。考え込む、というよりも、
心の中にある自分のことばを口に出すかどうか迷っているようだった。

「………お断りします」

そして、リィナは真っ直ぐにトレイズを見据えて言った。
「私は…私と兄さんは、この村で生まれ、この村で育ちました。
外へ出ようと思ったことはないし、出たいと願ったこともありません。
両親が死に、ギルビス兄さんはずっと私を守ってくれている…
ラトメに私一人行ってしまえば、
兄さんはたった一人になってしまいます」
「じゃ、ギルビスも一緒にラトメに来ればいいんじゃないか?」

ラファの台詞に、一同はギルビスに視線を移した。
彼は肩をすくめ、すぐに切り返す。
「ここを出るつもりはないね」
リィナは苦笑して言った。
「…ね?だから私は行けません。
巫子の役目を放棄するのは気が引けるけど…
やっぱり、私たちはたった二人の、きょうだいだから」



「断られちゃったね」

ギルビスの家を出て、マユキが開口一番にそう言った。
トレイズもそれに同意するが、ラファだけは一人、
考え込むように閉じられてしまったギルビスの家の扉を見つめていた。
「……どうした?ラファ」
「うーん……」

ラファは口元に手を当てた。
「妙だと思って」
「なにが」
「あのリィナって子だよ。
あの子、巫子についてやけに詳しそうだっただろ?
第九の巫子を殺さなきゃならないってことも、知ってるみたいだった…
なのにやけにあっさり断っただろ?
村を出たいと思わないとか、兄さんと離れたくないとか…
確かに理由としてはもっともだけど、
本当にそれだけの理由で割り切れるものなのか?
自分達巫子にしか出来ないことなんだろ?」
「そりゃ、お前の言えた台詞じゃねえだろうよ」

トレイズに痛いところを突かれて、ラファは言葉に詰まった。
「俺も逃げたから人のこと言えないけどさ…

でも、なんかあの子は俺とは違う気がするんだよなあ…」

答えの出ない疑問。
ラファは首を傾げたが、そのまま身を翻して、宿へと向かった。

その様子を、窓から覗き込む影が、ひとつ。
「……兄さん、行ったよ」
「多分また来るだろうね」

リィナは呑気にお茶をすする兄の姿に、
眉尻を下げて言った。
「なんでそんなに冷静なの?
私なんか手のひらが汗でギットギトなんだから!
きっとあの人たち、私がラトメに行くって言うまで何度でもここに来るよ!
ああもう…どうしよう流れにまかせて"はい"とか言っちゃったら…!」
「そうしたら僕がフォローするから大丈夫さ。
そもそも最初に言い出したのはお前だろ。
最後までやり遂げろよ」
「そうだけど…」

するとギルビスはカップを受け皿に置き、小さく溜息をついた。
「赤の巫子、ねえ…」
彼はそして目を伏せ、どこか怒りを込めて吐き捨てた。

「ばかばかしい。
そんなくだらないものの為に、父さんと母さんが死んだなんて…
考えただけで反吐が出るよ」

リィナはうつむいて、
赤い刻印の入ったむき出しの左肩を、そっとさすった。



「あら?今日はよく会う日ね」
「ソラ!」

村唯一の宿屋にやってくると、
そのカウンターにひじをついていた少女、ソラがいた。
彼女はラファ達に笑いかけると、
カウンターの後ろにある棚から宿帳を取り出した。

「ここ、私の家なの。国境近くだからそれなりに儲けさせてもらってるわ。
…あ、ちなみに値引きはしないから」
「両親は?」
「結婚二十周年記念でクライディアに旅行しに行ったわ。
だから3日前から私一人よ」
「へえ、えらいな」

そういったトレイズに嬉しそうに笑い返して、ソラは宿帳を差し出した。
「あら、ありがとう。
…でも値引きはしないから」

トレイズが宿帳に名前を書き込むのを見ながら、
ぽつりとソラが呟いた。
「………ギルビスとリィナのこと、ごめんなさいね」
「…?なんでソラが謝るの?」
「……」

ソラはマユキの質問には答えず、窓の外に視線をやった。
夕暮れの空は、どんよりと曇っていた。

「…あの子達ね、きっとてこでもここを動かないわよ」
「え?」
「あの子達…ラトメを恨んでるから」
「……なんで?」
「両親をね、巫子狩りに殺されたの」

自分達以外誰もいない宿が、しんと静まり返った。

「あの子が、赤い印を継承したとき…
すぐに巫子狩りが来て、巫子を出せってあの子達の両親を脅したの。
…あの子が巫子になってから、
おじさんたちは巫子に関する本をいっぱい読んでいたから…

巫子狩りは、巫子を連れて行って、
食事も与えずに暗い地下牢に閉じ込めちゃうって聞いて、
あの子をそんなところへはやれないって言って、
あの子を守るために強い魔術を打ったの。

……結局、魔術は暴発して、
生き残ったのはギルビスとリィナだけだったわ」

ラファは息を呑んだ。
両親を巫子狩りに殺された。
ギルビスとリィナを守って。
では、自分の父さんと母さんはどうだったのだろう?
巫子のことなど何も知らないというのに、
殺されてしまった自分の両親は……

「あの家、村からちょっと離れてるでしょ?
村の人たちがね、関わりあいになりたくないからって、あそこに建てて、
あの兄妹を引っ越させたのよ。
だからリィナは村にも出て来れないの。
近くにいると、自分達もあのわけの分からない連中に殺されちゃうんじゃないか、
って…うちのパパとママもそう。
フェイのところのおじさんは、
いっつもあの二人のことを気にかけてるけど、
食堂のおじさんもギルビスだけたくさん働かせたり、
本当にあの子達、見てられないのよ……」

ラファ達は目を見合わせた。
やつれたギルビスの細い体。
青白いリィナの顔色。
ソラがギルビスにいたときに、彼とフェイがいい顔をしなかったのは、
のちにソラの両親が、
娘が彼らに近づいたことが知られたときのことを気遣ってのことだったのだろうか。

「……で、なんでそれがラトメを恨むことになったんだ?」
「…巫子狩りが襲ってきた時、ラトメは助けてくれなかったから。
ファナティライストに対抗できるのは、ラトメだけなんだもの…
……ただの、八つ当たりよ」
「……」

マユキはそろりとラファを見た。
どこかそわそわした様子のマユキに小首を傾げる。
不安そうにこちらを見つめる瞳。
ラファはそんな隣の少女を安心させるように笑いかけると、
ソラに向き直った。

「…でも、それじゃなおさら、ラトメに行かないにしても
村を出たほうがいいんじゃないか?
そんな生活嫌だろ?あいつらだって」

するとソラはどこか呆れたような笑みを浮かべた。
「……ギルビスはね、医者になりたいんですって」
「はあ?」
「フェイのお父さんのところで見習い中なの。
おじさんは結構有名な旅医者で…
少なくともここにいる間は、いろんなことを学びたいって」
「そんな…妹の命のほうが大事だろ!」
「……………さあ、どうなのかしら」

ソラは曖昧に笑っただけだった。
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