02.継承 |
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-----君は、守りたいかい? ……誰だ? ----助けてあげる。僕は君を待っていたんだ。 ……俺、を? ----そう。助けて欲しいなら、手を取って。さあ… ……お前は… ----僕は… けれどその先が続く前に、 右手が勝手に動いてしまって、 ラファは目の前の黒服の青年の…「手を取った」。 ◆ ぱあぁっ!! 自分の身体からほとばしった眩しい光に、ラファは目を丸くした。 マユキが腕で目を覆い、「な、何!?」と叫んだ。 見ると彼女の髪の一部からも、光が放たれている。 しばらくすると、光は止んだ。 外に人がいるであろうことも忘れて、 二人は互いを見やった。 特にラファは、少女の髪に見入った。 彼女の髪は、小麦色だった。それは変わらない。 しかし、ついさっきまではなかったはずだ、 マユキの顔の両脇にあるふた房の髪が、 メッシュを入れたように、真っ赤に染め上がっていたのだ。 「マユキ、その髪…」 「か、髪?」 同じく呆然としてラファを見ていたマユキは、 自分の髪をつまんでみて、息を呑んだ。 身に覚えの無いらしい赤色に、青ざめる。 「な…なに、これ!?」 「なにっつっても…俺にも何が何だか…」 「大丈夫か!?」 慌てるラファとマユキの間に、第三者の声が割って入った。 箪笥を勢いよく開けられて、 夕陽の光が箪笥の中に飛び込んできて、 テノールの声の持ち主が姿を現した。 赤錆のような色が混じった、薄いブラウンの髪に、 きらめく金色の瞳。年は十代後半くらいだろうか。 十七歳のラファ達よりもわずかに大人びたその青年は、 白い詰襟の軍服の上に麻のコートを羽織っている。 焦ったようにこちらを見、マユキの赤い髪を見て 顔を更にこわばらせた。 「お前…いや、お前達、まさか、"手を取った"のか?」 「手を取った」。 もしかして、先ほどの青年のことを言いたいのだろうか。 そういえば、あの青年はどこから現れて、 どこへ消えていったのだろう。 そもそもここにはラファとマユキが入ってしまって、 もう誰かが入れるスペースなど存在しないというのに。 しかも、何故だかもう彼の存在自体、ラファの中では 白昼夢だったかのように曖昧になっていた。 首をひねりながらもとりあえず頷いておくと、 隣のマユキも戸惑ったまま首を縦に振ったのでラファは目を丸くした。 「マ、マユキもなのか!?」 「って…ことは、ラファも?」 「……お前ら…今までの俺達の苦労を無駄にしやがって…!」 がっくりとうなだれる青年に、訳が分からない二人は揃って首を傾げた。 「あなた達、それがどういう意味を持つのか わかってるんですか?」 その時、青年の背後から、一人の少年… おそらくボーイソプラノの声の持ち主が現れた。 肩を流れる滑らかな銀の髪に、 宝石のように澄んだ瑠璃色の瞳。抜けるように白い肌。 十代半ばと思われる人形のようなその小柄な立ち姿は、 まさに美少年と呼ぶに相応しいもので。 青年と同じ服を身にまとった少年は、 呆れたように縮こまるラファ達を見下ろしている。 「エルディ。こいつらは何も知らねえんだ。 なっちまったもんはしょうがねえだろ?」 「なにのんきなこと言ってるんですかトレイズさん。 これ、任務失敗ですよ。しかも重要度Sランクの任務の。 確実に減給ものなのに」 「げ…っ!!」 事情はよく分からないが、その単語を聞いて トレイズ、というらしい青年は青ざめた。 頭を抱えてうずくまったトレイズの代わりに、 エルディは前に出てラファたちに向き直った。 「失礼しました、僕はエルディ。 ラトメディア神護隊の一員です。 ここにいるのが隊長のトレイズさん。 僕らはあなた方をラトメにお連れする為にここまで来ました」 「……な、なんだって…俺達を?」 ラトメディア神護隊。聞いたことがある。 正式名称を「ラトメディア神護警備部隊」。 ここから南にある神聖都市ラトメディアにいる「神の子」直属の、 庶民上がりのラトメ唯一の軍人だ。 隊長は弱冠十八歳の風雲児と聞いていたが… それにしたってたかが幽霊屋敷探検ごときで 世界的な力を誇るラトメ神護隊長直々に注意に来るはずもなく。 「フェル様…"神の子"のフェルマータ・M・ラトメ様に言われてな。 ここに新たな"赤の巫子"が現れるって聞いたんで、 俺達は数週間前からここでお前達が巫子にならないように見張ってたんだ」 よろよろと立ち上がったトレイズが言った。 と、マユキが慌てたように身を乗り出した。 箪笥から転げ落ちそうになるのを、 ラファにしがみついてなんとか留めて、叫ぶ。 「わ、私たち、巫子じゃありません!」 「そうだよ、巫子が実在するわけないじゃん」 鼻っから信じるつもりのないマユキとラファに、 トレイズとエルディはちらと顔を見合わせた。 朗らかに、トレイズが言った。 「まあ、長くなるけど、ちゃんと説明するからさ。 とにかくそこから降りて、座ろうぜ」 ◆ 「俺達神護隊の一番の仕事はな、 "赤の巫子"になりそうな人間を探し出して、 その人間が巫子にならないように食い止めることなんだ。 でなきゃ、巫子をラトメで保護すること… それで、ここに来たんだけど」 「どうやって、"赤の巫子"になりそうな人間を探すの?」 「"神の子"、フェルマータ様は第一の巫子であらせられます。 彼女の持つ全てを見通す"眼"で、 巫子になりうる人間を探し出すんです」 「眼?」マユキがオウム返しに言うと、 トレイズとエルディが力強く頷いた。 「巫子の持つ"赤い印"が、宿した者に 不老不死と多大な魔力をもたらすことは知ってるな? それに加えて、赤い印にはそれぞれに十種類、 別々の力がつくんだ。 例えばお前の印は"髪"だ。…そう、それが赤い印。 それは"第五の赤い印"で、お前は"第五の巫子"だな。 これは十種類の唄を操るんだ。 その唄によって、人を守ったり、癒したりする。 で、フェル様の"第一の印"は眼で、 全てを…世界中の人々の居場所や、能力や、 果ては未来まで…を見透かす力を持ってるらしい。 それで、まだ巫子になってなかった第五と第二の巫子を探して、 遠路はるばる俺達はラトメからやってきたって訳だ」 「……これが、"赤い印"…?」 赤くなった髪をつまんで、マユキが呟いた。 何故そんなに冷静でいられるのだろう… ラファは身を乗り出して、トレイズを睨んだ。 「そんな話信じられるかよ! 第一、なんで巫子にしないようにする必要があるんだ? 巫子は世界を平和にしてくれる、ありがたい存在なんだろ!?」 「平和に導く者がいれば、逆に平和を壊したいと思う者もいる…… 巫子の力は、そんな平和を壊すのに うってつけな存在でもあるってことさ」 神妙な口調で、ゆっくりとトレイズは言った。 「神都ファナティライスト」 「ファナティライスト…?なんでそこで神都が出て来るんだよ」 「!そっか…ファナティライストとラトメディアは 長い間対立状態にあるから… 巫子は、ラトメ側のものなのね?」 納得したように声を上げたマユキに、エルディは頷いた。 「半分正解です。ラトメは、立場的にはファナティライストに 服属する形にありますが、実質の権力は同じくらいあります。 それに加え、巫子がラトメに組するというなら… ファナティライストにとってこれほど恐ろしいことはないでしょう。 神都には"巫子狩り"と呼ばれる暗殺者達がいて、 巫子を捕らえようと血眼になって巫子を探しています。 きっとじきに、あなた方にも手が伸びるでしょう。 分かりますか?これは国家規模の、巫子の争奪戦なんですよ」 「そんな…俺達はただの、レクセの学生なのに…」 「はいそうですか」と認められる話ではない。 どうしたものかとマユキと目を見合わせていると、 トレイズが窓の外を見、腰に下げた剣の柄に手を掛けて、 吐き捨てるように言った。 「どうやらのんびり話してる暇はなさそうだぜ」 外はいつの間にか真っ暗で、トレイズの視線の先に 何があるのかなどラファには分からなかったが、 彼には何かが見えているらしい。 すらり、と銀色に鈍く煌く刀身が姿を現した。 口元を歪めて無理矢理に笑んだ。 「巫子狩りだ。あいつらもうかぎつけてきやがった」 「早いですね」 「エルディ、お前この二人連れて先に行け! 俺は後で追いつくから……モール橋で落ち合おう」 エルディは黙ってトレイズを見上げた。 トレイズも口をつぐんでエルディを見下ろした。 数秒のあと、エルディが口を開いた。 「………了解しました。さあお二人とも、こちらへ」 「ちょ、なんなんだよ!?」 「巫子狩りって、さっき言ってた人たちのこと?」 「事情を説明してる暇は残念ながらないんだ。 悪いけど、今は黙ってついてきてくれないか?」 「でも…っ」 抜き身の剣を持ったまま、トレイズは肩越しに振り返って、 ラファとマユキを安心させるように微笑んだ。 「文句はあとでゆっくり聞くさ。頼むよ、 こんな状況で信じろなんていえないけど… 死にたくなかったら付いてきてくれ…」 「トレイズさん!」 エルディの声にトレイズはとっさに右手の剣を振り上げて、 窓の外から飛び込んできた黒いマントの人間を なぎ倒すように、斬った。迷いの無い動きだった。 トレイズの足元に、フードを深く被った人間が ごとりと落ちた。マユキが怯えたように小さく息を詰めて、 ラファのブレザーの裾を掴んでくる。 「な……、」 「さっさと行け!」 トレイズに怒鳴られ一歩たじろぐと、 エルディが床に白いチョークで、何か不可思議な紋様を描いて、その中心に立った。 その手には、細く白い手には不釣合いな、 刃渡り三十センチほどのダガーが握られており、彼はラファ達を呼んだ。 「お二人とも、この上に立ってください!」 「で、でも…」 トレイズとエルディを交互に見ながらラファが途方に暮れていると、 誰かがその腕を引っつかんで陣の上へと引きずり込んだ……マユキだ。 「マユキ!?」 「今はまだ信じられないけど、でも…ここにいたってしょうがないわ!」 「でも…っ」 「まだお前らの名前を聞いてなかったな」 やたらのんびりとした口調で、 またしても窓から飛び込んできた巫子狩りをなぎ払って、トレイズは言った。 「名前は?」 「………ら、ラファ」 「マユキ」 「ラファにマユキか。 ……いい名前だ」 きょとんと、した。 「お二人とも、魔方陣から出ないで下さいね! ……『我が大いなる天空の支配者達よ! 今ひとたびここに我の助けとなれ! 導け我らが望む地へ……転移(ワープ)!』」 足元の紋様から、目もくらむような閃光が走った。 遠ざかる視界の彼方で、 窓の外から大量の「巫子狩り」がトレイズの首を狙わんと剣を振りかぶる姿が、見えて……消えた。 |
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