20.第四の巫子 |
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その廊下は、とてもひんやりとしていた。 足音すら高く響くその空間では、 声を上げることすらはばかられて、 ラファ達は、廊下の向こうからエリーニャの声が聞こえるまで、 心臓の音さえ抑えながら進んでいた。 「………なにか、食べなよ」 男の子のまだ高い声が、反響する。 ラファ達は足を止めた。 暗い廊下の奥に、淡い金髪が白く映えて見えた。 エリーニャの押し殺したような声に続けて、 なにやら少女のような声が返した。 「………いらない」 「食べないと倒れちゃうよ」 「いい。食べたくない」 この声……ラファは眉を寄せた。 この声、昨夜の夢で… 「ラゼ…昨日ね、赤の巫子が村に来たんだ。 ファナティライストの奴らがラゼを連れて行こうとしてから、 人間は村に入れないって決めたのに… はやく出て行ってくれないかな」 え?と少女の声が上がった。 絶望の中に一筋の光が見えた…そんな声音だった。 「巫子が…………ここにいるの?」 「そう。…まさか、会いたいわけじゃないよね?」 「……」 「会うことなんてないよ。 人間なんて…みんな、薄汚くて卑怯者なんだ。 そんな奴らに、ラゼが会う必要なんて無い」 「………エリーニャ…」 悲しみを帯びた声で、少女は言った。 しばらく、沈黙が続く。 やがて、エリーニャが動く音がした。 食器が鳴る。 「……夜にまた来るよ。 この食事、食べてね」 エリーニャがこちらへ向かってきた。 ラファ達が慌てて曲がり角に隠れると、 金髪の男の子はラファ達を素通りしていなくなった。 「………なにが…」 「!誰か、いるの?」 マユキが声を上げると、先ほどの少女の声が返ってきた。 はっとして、振り向く。 静かな足音と共に、一人の少女が姿を現した。 エリーニャよりも濃い、太陽のような金髪に、金の瞳。 真っ白で、細っこい腕。 白いワンピースからのぞく足は、 この冷たい廊下のなかで裸足だった。 金色に、その耳は隠れていた。 「……誰?」 ひた、とまた一歩少女が前に出た。 ラファ達を一人一人見て、首を傾げる。 「……もしかして、あなたたちがエリーニャの言ってた巫子なの?」 一同はぐ、と言葉に詰まった。 自分達が今この場にいることがとても怪しいことは、火を見るより明らかだった。 ギルビスが、答える。 「………そうだよ」 「エリーニャの後をつけてきたのね、そうでしょ?」 全部見透かしているかのような金の瞳に見つめられて、 ラファ達が答えあぐねていると、 少女はにこりと笑って、手をひらひらさせた。 「大丈夫、あなた達がここに来たことは、誰にも言わないわ。安心して」 「……君は、何でこんなところに…」 ラファが恐々問うと、少女は表情を曇らせた。 「私が外にいると、みんなの迷惑になるから…」 「ファナティライストに、つかまるから?」 ラファの問いに、目の前の少女は目を丸くして、 ラファをまじまじと見た。 「レイセリア様に聞いたの?」 「あ、いや…」 まさか「夢で見ました」とは言えまい。 もし自分が少女の立場だったならば絶対に信じられないだろう。 …彼女がマユキと同じ系統の人間なら話は別だが。 すると、少女は戸惑うラファを気遣ってか、 ふと微笑んで首を縦に振った。 「そうよ。ねえ、あなたたちは、どうしてこの村に?」 「道に迷って…」 マユキが答え、三人でトレイズをじっとりと見る。 旅の一行の中で最年長のトレイズは、 しかし恨がましげな視線に後ずさった。 「い、いや…その…」 「じゃあ、元は旅人かなにかなのね?そうでしょ?」 妙に期待を込めて少女が問うてくるので、ギルビスは首を傾げた。 「確かに、今は旅の途中だけど…どうして?」 「お願い!私も一緒に連れて行って!」 少女はラファの腕にしがみついた。 骨と皮ばかりの、細くて折れそうな手だった。 トレイズが声を上げる。 「おいおい、いきなりなんでそんなことを…」 「なんでもするわ!途中で売っても、海に落としてもいい! とにかくこの村から出してほしいの!」 少女の必死の形相。 それは、ラファが夢の中で見たのと同じ、 レイセリアの名を叫んだときと同じようにがむしゃらだった。 ラファは途方に暮れた。 「で、でも、こっちは事情も知らないし… そもそも、俺たちまだ君の名前も聞いてないんだぜ?」 「あ、あれ?」 少女の手が緩んだ。 頬をバラ色に染め、ラファから手を離して口元に手を当てた。 「や、やだ、ごめんなさい…ちゃんと説明するわ。 私の名前はね、ラーゼファー。ラゼって呼んで。 レイセリア様の娘で、第四の巫子よ」 そうしてラゼは、金髪に隠れた左耳をあらわにした。 その丸い小さな耳は、絵の具を塗りたくったかのように、 血色に染まっていた。 |
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