21.ラゼのわがまま
赤の巫子。大体予測どおりだった。
今までの経験からいって、ファナティライストに襲われるとしたらそれしか考え付かない。
しかし、彼女が赤い印をあらわにするときに、もうひとつ分からないことが出来てしまった。

「レイセリアの娘……って、だって君は、
人間じゃないか…!」

ラファの上げた台詞に、ラゼは気恥ずかしそうに口端を上げた。
その耳はエルフのようにぴんと尖ったものではない。
ラファ達と同じ人間のものだったのだ。

「拾われっ子らしいから。
赤ちゃんの頃にね、森に捨てられてたところを、
レイセリア様に……村の皆には、私が人間だってことは内緒でね。
エリーニャも知らないのよ。
知ってるのは、レイセリア様と、ルセルさんと、
そして今は、あなたたちだけよ」

そしてラゼはどこか遠くを見つめた。
突然盲目になってしまったかのように虚ろな瞳で、
過去に思いを馳せて、語りだす。

「この村はね、もともと人間ととても仲のいいところだったのよ。
でも、流石に村長が人間の子供を育てるのは、
他の集落のエルフの反感を買うから…
レイセリア様はいつも、私に言ってたわ。
"自分が人間であることを誇りに思いなさい。
我々がエルフであることを誇っているように"って。
ルセルさんに言われて、耳は隠さなきゃならなかったけど。
…私、人間って、エルフと同じように優しくて、誇り高いものだと思ってた」

失望したような声音だった。
目を伏せ、厳しい口調で言う。

「あるときね、黒い服を着た人間達が、大勢村に押しかけてきたの。
"ここにかくまってる人間の子を出せ"って。
"呪わしい、破滅を導く者に育つから"って…
この村に住んでる人間は、私しかいないから、
私、怖くて、レイセリア様に言われて、隠れてたの」

黒い服…ファナティライストの兵士達か、もしくは巫子狩りだろう。
ラゼはその時の恐怖が蘇ったのか、小刻みに震えだした。

「そうしたらね、あいつらのリーダーみたいな奴が、
エリーニャを…エリーニャを人質にとったの。
エリーニャを気絶させたの。
レイセリア様は泣いてて、息子を返してって叫んでて、
私は、私は本当のレイセリア様の子供じゃないのに、
エリーニャを犠牲になんかできないって思って…」

そして、その情景が、ラファのあの悪夢だったというわけか。
「何に代えても」。そう言ったレイセリアは、
自分の腹から生まれたエリーニャよりも、
ラゼを取ったと……そういうことだろうか。

「私、夢中で……そうしたら、どこからか声が聞こえてきてね、
"私の手を取ったら助けてあげよう"って、そう言ってて…
私、手を伸ばしたの。そうしたら…

耳がすっごく熱くなったの。あんまり熱くて、
熱い熱いって、そればっかり考えて、
他の事なんかもうどうでもよくなっちゃって…気付いたら、
黒い服の奴らが、いっぱい倒れて…血、出して…死んでたの」

それを聞いて、ラファはラトメを逃げ出した時のことを思い出した。
全てがどうでもよくなり、チルタを殺すことしか考えず、
巫子狩りたちを石にした、あの力。

あの時の不可解な声がなければ、
自分は敵も味方も殺しつくしていたかもしれない…
その事実に気付かされて、ラファは今更ながら背筋が凍った。

ラゼはぶるりとひとつ大きく震えて、
すがるような目でラファを見上げた。

「ねえ、だから私をこの村から出して。
あの時だってたくさん死んだの…
次は、レイセリア様や、みんなを殺しちゃうかもしれない…
ねえ、そうなる前に、私を連れ出してよ…

どんなに長い間食事を取らなくても、私、死ねないの…
ナイフで胸を刺しても、私、死ねないの!」

ラゼの悲痛な叫び。
ラファ達は言葉を失った。
目の前の、細っこい体躯。真っ白い肌。
一体誰が、この少女の願いを打ち砕けるだろう…

トレイズが、ラゼの前に膝をついた。
こぼれた涙を大きな指で掬ってやって、やさしく問うてやる。

「一緒に来るか?ラゼ」

ラゼは大きく、頷いた。



「…にしても、どうやって連れ出すんだよ」

一応は一行の責任者であるトレイズの決定で、
ラゼを連れて行くことにしたはいいが、
レイセリアの屋敷であるこの隠し部屋から彼女を連れ出すことは至難の業だった。

「…一度出直したほうがいいかもね。
いい加減戻らないと、レイセリア達に感づかれるよ」

ギルビスが唸りながらもと来た道を見る。
するとラゼは眉を寄せ、
行かせまいとするようにトレイズの服の裾をつかんだ。

「…すぐ戻ってくるさ。勝手に置いて出て行ったりしないよ」
「本当?本当に、戻ってくる?」

念を押すラゼ。どうしたものかと困り果てるトレイズの脇をすり抜けて、
マユキが首にかけたネックレスをラゼに差し出した。
…エルミに買ってもらったという、ネックレスだ。

「これ、すっごく気に入ってるの」
「…?」
脈絡の無いマユキの台詞に、ラゼは首を傾げる。
「だから、戻ってきたらこれ、絶対に返して。
なくしたりしたら、怒るからね。
……それじゃ、駄目?」

控えめに尋ねたマユキをぽかんと見つめて、
ラゼはそしてネックレスをぎゅっと握り締め、うつむいた。
「うん…それでいい」



明るい廊下に出たラファ達は、
チカチカする目を開閉しながら、食堂へと向かった。
と、部屋の向こうから…男女の声が漏れ聞こえてくる。

「どういうことですか、ルセル…!
ラゼを、ラゼをファナティライストに引き渡すなど!」

レイセリアの、声。
一同ははっと息を呑んだ。
次いで、ルセルらしき男の声が響く。

「"あれ"は我らゼルシャの民を危険にさらします。
ならばファナティライストへと送ったほうが我らの為となりましょう」
「恥を知りなさい!我々はかねてより巫子を敬うよう定められた一族…
ラゼがファナティライストでどのような扱いを受けるのか、
あなたはもう忘れてしまったのですか?
そのような場所に、あの子を行かせるわけには」
「ええそうでしょう、エリーニャ様とラゼを天秤にかけて、
ラゼを取ったあなたならば」

レイセリアが、黙り込んだ。
ルセルは続ける。

「古いしきたりばかり見て現実から目を背けていては、
何も進歩などしないのですよ、レイセリア様…
あなたはラゼを巫子である以上に、大きなものとして見ている。
違いますか?」
「………それは…」
「勘違いなさいませんよう、レイセリア様。
あれは所詮人の子…我らエルフとは相容れない存在なんですよ」
「…!エルフと人は共存できます!
事実サザメ様は人の中に生き、
現神の子や世界王は、種族の差など気にも留めなかった…
そしてラゼは、この村であそこまで育ってくれたのです」

そういえばトレイズが、サザメはここの出身だと言っていた。
彼女を護衛する、フェルマータが神の子。
では、"世界王"というのは…?

疑問に思う間もなく、ルセルが冷たい声音で言った。
「そんなものは夢物語でしかありません。
エルフの寿命はあまりに長く、人の儚い生ではとても追いつけない…
共存するには、我々はあまりに違いすぎるんですよ」

コツ、と扉越しの足音がこちらへと向かってくる。
ラファ達が慌てて物陰に隠れると、
扉を開け放ってルセルが出てきた。
部屋を振り返って、言う。

「巫子狩りは手配いたしました。
あとはあなたのお心ひとつです、レイセリア様」

ルセルが去ったあと、食堂に入ると、
レイセリアは椅子に座り込み頭を垂れていた。
恐る恐る、マユキが声を掛ける。

「レイセリア、さん…?」
「!」

息を呑み、弾かれたように顔を上げ、
目を丸くしてレイセリアは一同を順繰りに見た。
「巫子様方……まさか、聞いておいでに…?」
そして何かひらめいた、と言った風に、
きらりと彼女の瞳の奥が光った。

「そうだ…あなた方がいらっしゃった」
全てに合点がいった、とばかりに呟く。
「あなた方なら、あの子を…
お願いします、わたくしの娘を、助けて下さい!」
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