22.巫子争奪戦線
「わたくしの……娘、ラゼを、
どうか巫子狩りから守ってやっては下さいませんか、赤の巫子様」

レイセリアは、今にも泣き出しそうなか細い声で、すがるように言った。
その姿は、ラゼにそっくりだと…そう思った。

「わたくしの娘は、第四の巫子です。
きっとお役に立つことが出来るでしょう」

お願いです、お願いです。
何度も何度も頭を下げるレイセリアに、
ラファ達は何も言えなくなってしまった。

「………巫子、なんですね」
トレイズが、やがて口を開いた。
「はい」
「もう、ここへは帰さないかもしれませんよ」

あんな暗いところへ閉じ込めて。
レイセリアを責めるようにして吐き出されたトレイズの台詞に、
しかし目の前の女性は目を丸くした。

「暗いところ…?何の話ですか」

何のことだか分からない、そんな様子のレイセリアに、一同は眉を寄せた。
ギルビスが、言う。
「……隠し扉の奥で、ワンピース一枚で裸足だったけど」
「そんな!この屋敷には、隠し扉などありません。
ラゼは自分の部屋に戻したとルセルが…」

そこまで言って、レイセリアは言葉を飲み込んだ。
ラファ達も固まる。……まさか。

「ラゼのところへ!案内して下さい!!」



ひんやりとした床ですら暖かく思えるほど、ラゼは冷え切っていた。
恐怖で足がすくみ、動けない。
目の前のこの男は、こんなにも…冷たい瞳をしていただろうか。

「ルセル、さん…?」

男は微笑んでいた。ひどく酷薄な笑みだった。
ラゼがなんとか足を引きずって後ずさると、
ルセルはくすりと笑った。
――嘲笑うかのように。

「ラゼ。外に出てもいいと、レイセリア様からお許しが出ましたよ」

ラゼは目を丸くした。
何故、今になって。
まさか、あの人たち…巫子の人たちが、
レイセリアに何か口ぞえしてくれたのだろうか。

ルセルの冷えた視線なども忘れて、
ラゼは彼に詰め寄り、服の裾を掴んだ。
「本当!?私、外に出られるの?
レイセリア様に、会ってもいい?」
「残念ながら、それはできません」

ラゼの手から、力が抜けていった。
その瞳の奥が暗くなるのを見て、ルセルの目がさらに細くなった。

「ラゼはこのまま、あなたを引き取ってくださる方に引き渡したあと、
その足で村を出ていただきます。
レイセリア様はあなたとはもう二度とお会いしたくないそうです」
「………エリーニャは?
エリーニャも、私とは会いたくないって言ったの?」

ラゼはうつむいた。
今までよりも幾分か優しい口調で、ルセルは返した。

「はい」
「……………っ」

ラゼは、拳を握り締めた。
そうだ。
わたしは、邪魔者だ。
エルフでもない、この村に災厄を運んだ厄介者だ。
…分かっていたことじゃないか。

引き取ってくれる人、多分あの人たちだろう。
一緒に行こうと、そう言ってくれて。
それをまさか「本当」にしてくれるなんて。

それだけで十分だ。それだけで、自分は十分果報者じゃないか。

ルセルが手を差し出した。
「さあ、行きましょうか。皆さんお待ちかねですよ」
「………はい」

そして、ラゼはルセルの手を…

「ラゼ!!!」

取ろうとして、響いてきた声に、止まった。
ルセルの目が、見開かれる。

とん、という音と共に、ルセルの脇に一人の少女が駆けてきた。
鞘に入ったままの剣を、左足を軸にして、
身体ごとなぎ払うようにして振るう。
ルセルは当然、飛びのいた。
その隙に、ラファがルセルの背後に回りこんで、ラゼの手を取った。
少女……マユキは、ルセルに剣を向けた。

沈黙……それを破ったのは、
高く響く靴音と、怒りに満ちた声だった。

「ルセル……まさか、
あなたがこんなことをしでかすとは思っても見ませんでした…!」

ギルビスとトレイズを両脇に伴って現れた、レイセリア。
その目は厳しく、ルセルを失望の眼差しで見ていた。
ラゼは訳が分からず、ルセルとレイセリア、
そして自分を守るように立つラファとを見比べる。

「ど、どういうこと…?」
「危なかったな、ラゼ。
こいつ、お前を巫子狩りに引き渡すつもりだったんだよ」
「……………え…?」

呆然と、ラゼはルセルを見た。
ルセルは、その顔から笑みという笑みを吹き飛ばして、
レイセリアをにらみつけた。

「レイセリア様、何故邪魔をなさるのですか?」
「何故…?何を言うのですか、ルセル。

自分の娘が苦しむような場所に、みすみすとやる気はありません!」

まっすぐにルセルを見据えて、レイセリアは言い放った。
そのすぐ後、弱弱しい声で、顔をゆがめて続ける。
「あなたは…あなただけは、人間を蔑みはしないと…
そう、信じていたのに……」

ルセルはしかし、それを聞くなり嘲笑って鼻を鳴らした。
「人間など」
押し殺すような、声。
「我が父母を、そしてレイセリア様やサザメ様の父母を殺した悪しき人間など、
愚か以外の何者でもない。
なのに何故、あなたがたは自ら人間と関わろうとするのか。
かつて人間を憎んでいたあなた方は、何処へ行ったのか……
信じていたのは、私のほうです。
裏切られたのは、私のほうだったのですよ、レイセリア様」
「ルセル、」

だから、とルセルは、マユキを突き飛ばし剣を引ったくり、
ラファを蹴飛ばしてラゼを引き寄せると、
剣を鞘から抜いて切っ先をラゼに向けた。

「ひ…っ」
「だからこいつさえいなくなれば、元のあなたに戻ってくれる!!
私はそのために、こいつを巫子狩りに引き渡すのですよ」

そしてルセルは何事か呟くと、その場から消え去った。
……ラゼと共に。
「ラゼ!!」
「チッ、転移呪文か」

トレイズが舌打ちをして出口に目を走らせた。
マユキとラファが立ち上がる。
「ご、ごめんね…」
「いってえ…あの野郎、思いっきり蹴りやがって…」

レイセリアが呆然と震えているのを見て取って、
ギルビスがその手に触れた。

「!」
「ラゼのことは、僕らがなんとかします。
あなたはここで…」
「…………ええ…そうですね。
わたくしがいても、何にもなりませんものね…」

うつむくレイセリア。美しい顔が悲愴に歪む。
きっと、本当は一緒に行きたいのだろう。
見ず知らずの人間などに、自分の娘を任せたくないのだろう。
たとえそれが、敬うべき「赤の巫子」だったとしても。

しかしレイセリアは、顔を上げると、
何かを決心したような表情で、言った。

「………ラゼを、ルセルから引き離したら…」
ぽつり、ぽつりと。言葉を選んで。
「ここに戻ることなく、この村から出て行ってください。
ラゼを、つれて」

母として、村長として。
ラゼを守る為に。
村を守る為に。
目の前のこの女性は、選んだ。
…自らの望みを、犠牲にして。

「ラゼを、ゼルシャの村から追放します」
BACK TOP NEXT