22.巫子争奪戦線 |
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「わたくしの……娘、ラゼを、 どうか巫子狩りから守ってやっては下さいませんか、赤の巫子様」 レイセリアは、今にも泣き出しそうなか細い声で、すがるように言った。 その姿は、ラゼにそっくりだと…そう思った。 「わたくしの娘は、第四の巫子です。 きっとお役に立つことが出来るでしょう」 お願いです、お願いです。 何度も何度も頭を下げるレイセリアに、 ラファ達は何も言えなくなってしまった。 「………巫子、なんですね」 トレイズが、やがて口を開いた。 「はい」 「もう、ここへは帰さないかもしれませんよ」 あんな暗いところへ閉じ込めて。 レイセリアを責めるようにして吐き出されたトレイズの台詞に、 しかし目の前の女性は目を丸くした。 「暗いところ…?何の話ですか」 何のことだか分からない、そんな様子のレイセリアに、一同は眉を寄せた。 ギルビスが、言う。 「……隠し扉の奥で、ワンピース一枚で裸足だったけど」 「そんな!この屋敷には、隠し扉などありません。 ラゼは自分の部屋に戻したとルセルが…」 そこまで言って、レイセリアは言葉を飲み込んだ。 ラファ達も固まる。……まさか。 「ラゼのところへ!案内して下さい!!」 ◆ ひんやりとした床ですら暖かく思えるほど、ラゼは冷え切っていた。 恐怖で足がすくみ、動けない。 目の前のこの男は、こんなにも…冷たい瞳をしていただろうか。 「ルセル、さん…?」 男は微笑んでいた。ひどく酷薄な笑みだった。 ラゼがなんとか足を引きずって後ずさると、 ルセルはくすりと笑った。 ――嘲笑うかのように。 「ラゼ。外に出てもいいと、レイセリア様からお許しが出ましたよ」 ラゼは目を丸くした。 何故、今になって。 まさか、あの人たち…巫子の人たちが、 レイセリアに何か口ぞえしてくれたのだろうか。 ルセルの冷えた視線なども忘れて、 ラゼは彼に詰め寄り、服の裾を掴んだ。 「本当!?私、外に出られるの? レイセリア様に、会ってもいい?」 「残念ながら、それはできません」 ラゼの手から、力が抜けていった。 その瞳の奥が暗くなるのを見て、ルセルの目がさらに細くなった。 「ラゼはこのまま、あなたを引き取ってくださる方に引き渡したあと、 その足で村を出ていただきます。 レイセリア様はあなたとはもう二度とお会いしたくないそうです」 「………エリーニャは? エリーニャも、私とは会いたくないって言ったの?」 ラゼはうつむいた。 今までよりも幾分か優しい口調で、ルセルは返した。 「はい」 「……………っ」 ラゼは、拳を握り締めた。 そうだ。 わたしは、邪魔者だ。 エルフでもない、この村に災厄を運んだ厄介者だ。 …分かっていたことじゃないか。 引き取ってくれる人、多分あの人たちだろう。 一緒に行こうと、そう言ってくれて。 それをまさか「本当」にしてくれるなんて。 それだけで十分だ。それだけで、自分は十分果報者じゃないか。 ルセルが手を差し出した。 「さあ、行きましょうか。皆さんお待ちかねですよ」 「………はい」 そして、ラゼはルセルの手を… 「ラゼ!!!」 取ろうとして、響いてきた声に、止まった。 ルセルの目が、見開かれる。 とん、という音と共に、ルセルの脇に一人の少女が駆けてきた。 鞘に入ったままの剣を、左足を軸にして、 身体ごとなぎ払うようにして振るう。 ルセルは当然、飛びのいた。 その隙に、ラファがルセルの背後に回りこんで、ラゼの手を取った。 少女……マユキは、ルセルに剣を向けた。 沈黙……それを破ったのは、 高く響く靴音と、怒りに満ちた声だった。 「ルセル……まさか、 あなたがこんなことをしでかすとは思っても見ませんでした…!」 ギルビスとトレイズを両脇に伴って現れた、レイセリア。 その目は厳しく、ルセルを失望の眼差しで見ていた。 ラゼは訳が分からず、ルセルとレイセリア、 そして自分を守るように立つラファとを見比べる。 「ど、どういうこと…?」 「危なかったな、ラゼ。 こいつ、お前を巫子狩りに引き渡すつもりだったんだよ」 「……………え…?」 呆然と、ラゼはルセルを見た。 ルセルは、その顔から笑みという笑みを吹き飛ばして、 レイセリアをにらみつけた。 「レイセリア様、何故邪魔をなさるのですか?」 「何故…?何を言うのですか、ルセル。 自分の娘が苦しむような場所に、みすみすとやる気はありません!」 まっすぐにルセルを見据えて、レイセリアは言い放った。 そのすぐ後、弱弱しい声で、顔をゆがめて続ける。 「あなたは…あなただけは、人間を蔑みはしないと… そう、信じていたのに……」 ルセルはしかし、それを聞くなり嘲笑って鼻を鳴らした。 「人間など」 押し殺すような、声。 「我が父母を、そしてレイセリア様やサザメ様の父母を殺した悪しき人間など、 愚か以外の何者でもない。 なのに何故、あなたがたは自ら人間と関わろうとするのか。 かつて人間を憎んでいたあなた方は、何処へ行ったのか…… 信じていたのは、私のほうです。 裏切られたのは、私のほうだったのですよ、レイセリア様」 「ルセル、」 だから、とルセルは、マユキを突き飛ばし剣を引ったくり、 ラファを蹴飛ばしてラゼを引き寄せると、 剣を鞘から抜いて切っ先をラゼに向けた。 「ひ…っ」 「だからこいつさえいなくなれば、元のあなたに戻ってくれる!! 私はそのために、こいつを巫子狩りに引き渡すのですよ」 そしてルセルは何事か呟くと、その場から消え去った。 ……ラゼと共に。 「ラゼ!!」 「チッ、転移呪文か」 トレイズが舌打ちをして出口に目を走らせた。 マユキとラファが立ち上がる。 「ご、ごめんね…」 「いってえ…あの野郎、思いっきり蹴りやがって…」 レイセリアが呆然と震えているのを見て取って、 ギルビスがその手に触れた。 「!」 「ラゼのことは、僕らがなんとかします。 あなたはここで…」 「…………ええ…そうですね。 わたくしがいても、何にもなりませんものね…」 うつむくレイセリア。美しい顔が悲愴に歪む。 きっと、本当は一緒に行きたいのだろう。 見ず知らずの人間などに、自分の娘を任せたくないのだろう。 たとえそれが、敬うべき「赤の巫子」だったとしても。 しかしレイセリアは、顔を上げると、 何かを決心したような表情で、言った。 「………ラゼを、ルセルから引き離したら…」 ぽつり、ぽつりと。言葉を選んで。 「ここに戻ることなく、この村から出て行ってください。 ラゼを、つれて」 母として、村長として。 ラゼを守る為に。 村を守る為に。 目の前のこの女性は、選んだ。 …自らの望みを、犠牲にして。 「ラゼを、ゼルシャの村から追放します」 |
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