23.すべてにさよなら |
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ラファ達が屋敷の外に飛び出すと、周囲にはなぜか人影がひとつもなかった。 ここに来た時のように注目を浴びないのはありがたいが、 それにしたって静か過ぎるその町並み。 一体どういうことなのか。 警戒して、一同が足を止めたその時。 村の入り口のほうから、悲鳴が上がった。 「うわあああああああああああああああああっ!!!」 子供の甲高い悲鳴。……エリーニャのものだった。 ラファ達は互いの顔を見合わせて、一目散に駆けた。 目的地はすぐにわかった。村中の人が集まっているのだろうか、 大きな人だかりができていたのだ。 無理矢理エルフ達を押しのけて円の中心に出ると、 ラファの隣で、マユキが小さく息を呑んだ。 まず目に入ったのは、地面にへたり込むエリーニャだった。 彼は目を見開き、恐怖の形相で、白いワンピースを着た少女… ラゼの背中を、見つめていた。 放心して、呟いている。 「に……人間…?ラゼが、人間?」 その声を聞きとがめたのか、ラゼはぐるりとエリーニャと、 彼の延長線上にいるラファ達を、振り向いた。 金の瞳は蛇のようにきりりと敵意を放ち、 顔を含めて体の前面は、びっしょりと赤色で塗りつぶされている。 手には、先ほどマユキがルセルに取られた剣。 銀の刃もまた、ラゼの左耳のように紅色に染まっていた。 ぴちゃん。刃の先から雫が落ちる。 だが、赤い液体がぶつかったのは地面ではなかった。 ラゼの白い裸足のすぐそこに、等身大の人間の抜け殻が横たわり、 雫はその頬に当たって、跳ねて、「彼」の目元に向けて垂れていった。 ―――ルセルが、胸を一突きされて、死んでいた。 ラゼの薄紅色の唇が、にいと弧を描いた。 くすくすくす……葉がこすれるような微かな音。 ラゼの口から漏れた、笑い声。 「赤色、好きよ、素敵な色……」 熱に浮かされたように、夢見る口調でそう言ったラゼ。 ラファは彼女を見て、再度、チルタに会ったあの時を思い出した。 自制がきかない。まるで何か強い力にでも操られているような、 全てがどうでもよくなる、あの瞬間…… ラゼの目が、今度は縮こまるエリーニャを見下ろした。 少年はびくりと肩を震わせ、目尻に涙を浮かべた。 「ら、ラゼ……っ、」 「ねえ、もっと見せて?私に……」 手にした剣が、高く上がった。 人々が息を呑む。けれど、少年を助けようとする勇気ある者はいなかった。 「血を見せてえええええええっ!!!」 ひゅん。剣が、風を切って、振り下ろされて。 気付けばラファは、走り出していた。 「ラファ!?」 マユキの制止も聞かず、走って、走って、走って…… そしてまた気付けば、ぽっかりと、腹に穴が開いた気がした。 「あ……?」 ラゼの顔が、いつの間にか目の前にある。 その瞳に光が戻る。 恐怖の色が金色を支配する。 腹から、胸から、熱いものがこみ上げてきた。 鉄の味、香り、地に根が生えたように身体が動かない。 直後、ラゼの顔がさあと白くなっていくのを最後に、 ラファの意識は、途絶えた。 ◆ 人だかりの一番後ろ。 黒いマントの人間が立っていた。 騒ぎの様子をじっと見て、やがてその人物は、くるりと身を翻す。 顔だけ振り向いて、死したエルフをちらと見やると、 その場から歩き去りながら、その"巫子狩り"は呟いた。 「役に立たないエルフめが。 もう少し上手く事が運べば、 また一人、チルタ様のお力になれる者が増えただろうに」 ◆ 誰かに、呼ばれている気がした。 ほの暗い部屋。 あたたかい家。 ここは………レクセの、俺の…実家? ことことと何かを煮込む音。 やさしい、母の料理の香り。 やわらかな風。 無性に泣き出してしまいたくなる、懐かしさ。 ラファは真っ白な、赤ん坊用の寝台に横になっていた。 そして気付く。 ああ…これは夢だ。 もう、とうの昔に過ぎ去ってしまった、遠い遠い、記憶。 と、ラファの額を、だれかの冷たい手が包んだ。 まるで、親が子の熱を測るかのように、そっと。 誰だろう? 父さんの手は、こんなに小さくなかった。 母さんの手は、こんなに冷たくなかった。 心地よい、それは。 手の主が、口を開いた。 「………君が、ラファ?」 男の声だった。…青年、と言ったほうがいいだろうか。 まだ若い男だった。 ぼんやりとした視界の向こうで、銀色の光がちらりと輝く。 あんたは、誰だ? 覚えていない記憶。 けれど、懐かしい、記憶。 男が微笑んだ。 唇が、開く。 「俺の力を君に渡すことを、許してくれ。 ……俺の名前は、」 男は………… ◆ 「ラファ!!!」 「――――……ん、…あ?」 次に目を開いた先に見たのは、 目に涙をいっぱいに溜め込んだマユキと、 心配そうなトレイズ、冷静なギルビス、 そして…蒼白な表情のラゼの、それぞれの表情だった。 あれ? 自分は今まで、何をしていたのだったか。 確かゼルシャで、ラゼがルセルを刺し殺していて、 エリーニャまでも手を掛けようとしていて… 周囲を見回すtお、四方は草原に囲まれていた。 森が少し遠くに見える。 ……あれ? 「エリーニャを庇って刺されたんだよ、お前」 トレイズが深い息をついて言った。 ラゼの肩がぴくりと跳ねる。 白かったワンピースは、いまや赤黒くなってしまっていた。 「そこでラゼがやっと我に返ったから、 その隙にお前とこいつひっつかんで逃げてきたって訳」 良かったな不死で。トレイズが軽い調子で笑って見せると、 マユキが金切り声を上げた。 「笑い事じゃないよ!!」 「マ、マユキ…」 「なんでラファが庇うの!? 巫子の力を使って助けることだって、できたはずじゃない! 巫子だって……不老不死だって言ったって、 痛いことに変わりはないんだよ!?」 「い、いや、だって…気付いたら、足が動いてて…」 「私、ラファが死んじゃうかと思った」 はらはらと。 とうとう、マユキが精一杯せき止めていた涙が洪水を起こした。 彼女がこのように泣くのを、ラファは初めて見た。 「……俺は不老不死だぜ」 「首はねても生きられると思う?」 切り返したのはマユキではなくて、ギルビスだった。 名もなき村から持ってきた医療器具を片付けている。 ラファの腹には、包帯。 どうやら手当てしてくれたらしい。 「悪いな、ギルビス」 「そう思うんならさっさと治してよね。 …といっても、血はすぐに止まったし、 傷もふさがり始めてるから、痛いのは多分今日だけだよ」 ぱちん。ケースの留め金を閉めて、ギルビスは立ち上がった。 そして、後ろの方でうつむいたままのラゼを振り返った。 「ほら、ラゼ。ラファに何か言うことがあるんじゃないの?」 ラファは恐る恐る、と言ったふうに顔を上げた。 ラファは静かに言葉を待っている。 数秒の間。やがて、ラゼが口を開いた。 「………ごめんなさい」 ラゼは言った。その身体のように、細く折れそうな声だった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」 何べんも頭を下げるラゼ。 その瞳に、金のまぶしさはなく。 ラファはなんだか悲しくなってしまった。 マユキがラファを助け起こしながら、ラゼを睨んだ。 「許すわけないでしょ!ラファはあなたに…!」 「マユキ」 ラファが制した。マユキは口をつぐんだ。 「いいよ。ラゼ」 ラゼの顔が強張った。 ラファは、彼女が少しでも安心できるよう、出来る限り微笑んでやった。 「謝ることないって。 巫子の力に、呑まれちゃったんだろ? 俺も一度、そういうことがあったし」 「でも、」 ラゼはまたうつむいてしまった。 確かに、それで納得できる話でもないだろう。 ラファは続けた。 「それでも、お前の気がすまないなら、さ。 そうだな…じゃあ、謝るんじゃなくて、お礼をくれたほうが、嬉しいな」 「………え?」 「ほら、俺、お前が弟を殺さないようにこうやって身を挺して守ったんだぜ! 名誉の負傷ってやつ。よく言うだろ?男は傷が勲章なんだよ。 それなら謝られるより、 "弟を守ってくれてありがとう"って言ってくれたほうが俺は嬉しいかな」 ラゼは目をぱちくりした。 トレイズとギルビスも、ラファのこの台詞は予想外だったらしい。 目を丸くして、ラファをまじまじと見つめている。 マユキが、腫れた目でぼそりと憎らしげに呟いた。 「ラファってば、こういう重苦しい話になるとすぐに逃げたがるんだから」 ラファは苦笑した。 いいじゃないか。生きてるんだ。 ……自分は、レクセを出てからかなり「現実離れ」に慣れた気がする。 以前だったら、とっくの昔に怒鳴っているところだ。 いや、そもそも庇いに入りすらしなかったかもしれない。 そういう意味では、なかなか嬉しい収穫だ。 痛いのは、嫌だけれども。 ラゼが、ぼろぼろと、先ほどのマユキとは比べ物にならないほど大量に、 目からしょっぱい水を流した。 「ありがと、う」 嗚咽が漏れた。 「あ、あなたがいなければ、エ、エリーニャを、わたし、 こ、殺してしまうところだった…」 ラファはそれを見て、ふと思った。 もし、 もし巫子が、人々を助ける為に存在しているのだとしたら。 世界が壊れようとしているのを止める為に存在しているのだとしたら。 では巫子のことは、一体、誰が助けてくれるというのだろう? どうなんだ?エルミリカ・ノルッセル。 尋ねても、答えは返ってこなかった。 ◆ そのまま泣き疲れて眠ってしまったラゼをトレイズが負ぶって、 一同は再びシェイルに向けて歩き出した。 まだ日は高い。少しでも、シェイルに近づかなければ。 マユキ一人が、不機嫌なままだった。 「マユキ…ほんと悪かったって…」 「ラファのこと怒ってるんじゃないの!でも…」 マユキがちらとラゼを見た。 ああ、とギルビスが声を上げた。 「いいじゃないか、ラファが許したんだし」 「なんでそんなに簡単に割り切れるの!? 死ぬとか死なないとか、そんな問題じゃないでしょ?」 むっつりと口を閉ざしたマユキ。 こうして自分を大切に思ってくれる彼女に、ラファは笑いかけた。 「………ありがとな、マユキ」 マユキは、黙り込んだままだった。 |
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