24.シェイルディア |
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それからシェイルディア首都・クレイスフィーに入るまで、 とうとうマユキはラゼに一言も口を利かなかった。 平和主義のマユキにしては珍しい。 自分から人を嫌うことは決してしない奴だと思っていたが、 やはり人間である以上そうもいかないのだろう。 ラゼの方はといえば、なんとなく居心地が悪そうだった。 トレイズが気さくに話しかけているが、 まだ負い目を感じているらしく、どこかぎこちない。 これから先のことを思って、ラファはため息をついた。 ◆ 軍事都市シェイルディア。 そのレンガ造りの町並みはセピア系の色合いで統一されており、 またとてもにぎやかだった。 ギルビスとラゼを宿の予約に行かせて、ラファはトレイズを見上げた。 「それで、巫子の居場所は分かってるのか?知り合いみたいだけど」 「ああ。これからクレイスフィー城に行くぞ」 そう言ってトレイズは、大通りの一番奥にある大きな城を指した。 …シェイルディアの王城、クレイスフィー城である。 マユキが不安そうに尋ねた。 「まさか…巫子って、王族とか…?」 「シェイル王室じゃねえよ。 ここの騎士団の団長をやってるんだ。 シェイル騎士団って知ってるか?」 しばし考えたのち、二人は首を縦に振った。 確か、シェイルディア王室お抱えの騎士団で、 年齢の関係なく実力のあるものを認めるのだとか。 その団長、ということは。 「そうか、トレイズはラトメディアの神護隊長だから、 立場の近い者同士知り合いにもなるよな。 神護隊と騎士団って、世界の二大治安部隊なんだろ?」 「いや、そういうのじゃなくて」 トレイズは、そして、苦笑した。 「そいつ、俺の幼馴染なんだ。 昔っからの腐れ縁」 「……え?」 幼馴染同士で、似たような地位に就き、その上巫子とは。 出来すぎた偶然もあるものだ。 そのことをラファが指摘しようとしたとき、 背後から誰かに声をかけられた。 「あのっ!」 「…?」 見ると、それはギルビスと同い年くらいに見えるエルフだった。 まだ子供。 エリーニャを思い出したのか、マユキの顔がわずかに歪む。 …インテレディアのときから、妙にエルフと縁がある気がする。 さらさらとした淡いブラウンの髪。 黒いワンピースに身を包み、 綺麗な翡翠色の目をいっぱいに開いてトレイズを見上げていた。 「あ、」 「トレイズ!トレイズじゃないですか!」 エルフの女の子はトレイズに駆け寄ると、 彼のマントの裾を掴んでにっこりと笑った。 「もしかして…ナエ?」 「はいっ!ナエです。お久しぶりですね、トレイズ!」 どうやら、トレイズの知り合いらしい。 疑問符を浮かべていると、トレイズが紹介してくれた。 「あ、ラファにマユキ。こいつはナエ。 これから行こうとしてた、第八の巫子の側近だよ」 「お初にお目にかかります、ナエです。 …ということは、あなた方は赤の巫子なのですね」 ナエは一礼すると、ラファとマユキに微笑みかけた。 …可憐、だった。 「おいナエ、ロビは?」 「また仕事を抜け出したらしくて… 多分、またスラムにでも行っているのでしょうから、 これからお迎えに行くところです。 トレイズは、ロビ様に会いに来たんですよね?」 「ああ」 ということは、その「ロビ」というのが、 今回会いに来た巫子のことなのだろうか。 「トレイズ達も来ますか? ロビ様もきっとお喜びになりますよ」 「ああ…そりゃ喜ぶだろうよ、 第一声は"オモチャが帰って来た"だろうな」 重苦しい影を背負って言ったトレイズを、 しかしナエは笑い飛ばした。 「今日は久しぶりにロビ様の楽しそうなお顔が見れそうですね!」 はあ、と溜息をつくトレイズに、 事情を知らないラファとマユキは、顔を見合わせた。 ◆ ギルビスとナエが戻ってきてから、 ナエに連れられてやってきたのは、 暗く細い、悪臭の立ち込める地区だった。 身なりの悪い、薄汚れた服を身に纏った人々が、 地べたに座り込んで、少ないパンをひとかけらかじって今日を生き抜いている。 スラム。 そう呼ばれている、浮浪者の寄せ集めのその地区。 そこを、ナエは先頭を切ってずんずんと進んで行った。 濁った目が、幾対もナエに突き刺さる。 「ね、ねえ…こんなとこに入って、だ、大丈夫なの……?」 不安そうにラゼが尋ねる。 マユキもその意見には同感らしく、今回ばかりは嫌な顔をしなかった。 ナエは笑みを絶やさずに振り返って言った。 「はい、大丈夫です。 ただ、はぐれると大変なので、ちゃんとついてきてくださいね」 すると、彼女の背後に二人の男が立ち、 ナエの両肩を掴んだ。 「よお、ナエ。また来たのかァ?」 「ついでに俺達と遊んでってくれよ」 掠れた、下品な声。 しかしナエは臆することなく微笑んだ。 「お断りします。ロビ様を探す途中なので」 「チェッ、つれねえなァ」 「ま、こっちだってロビの奴の女に手ェ出すような度胸なんざねえさ」 「それは良かった」 子供らしからぬ大人びた笑みを浮かべて、 ナエは自分の頭四つ分背の高い男達を見上げた。 「よろしければ、 ロビ様の居場所をご存知でしたら教えていただけませんか?」 「四つ目の角でガキどもにパン配ってるよ。 見ろよこれ、パンを一個も食えるなんて三ヶ月振りだァ」 男は嬉しそうに、丸い、片手に収まる程度のパンを、 宝物のようにこちらに見せびらかした。 そしてラファ達に、 「お前ら、スラムの新入りか? だとしたらロビとは仲良くしとくと得だぜ。 美味いモン食わしてくれるからなァ」 と言い、立ち去って行った。 するとナエがこちらへ頭を下げてきた。 「申し訳ありません。スラムの者がご迷惑を…」 「い、いや点」 「そのロビって奴、スラムの人間にパンなんて配ってるの?」 ギルビスの問いに、ナエは嬉しそうに頷いた。 「はい。スラムの方々は、今日の食事にも困る方ばかりですから。 街中から残飯を集めて。 下々の方々にもお優しい方なんです」 トレイズが彼に会いに行くのを妙に嫌がっていたから、どんな人間なのかと思えば。 そんなことをする地位の高い人間は、そうそういないだろう。 そう思ってトレイズを見ると、彼はずんと落ち込んでいた。 ……何故? 「どうしたんだよトレイズ?」 「いや点とうとう会わなきゃいけないと思うと、 なんだか胃が痛くなってきてさ…」 「ロビさん、いい人だと思ったけど」 「位の低い奴とナエには、な。 でも他はてんで駄目。 人で遊んで楽しむような奴」 その上猫かぶりだ。 そう言ったトレイズの肩を、後ろから誰かが叩いた。 「心外だなあ」 心底おもしろそうな、けれど冷え切った印象を与える、明るい少年の声。 「人の陰口言うなんて。君がそんな人だとは思わなかったよ、トレイズ」 瞬間、トレイズの顔色が、さあと青くなった。 「出たあああああっ!!!」 「あら、ロビ様。用事はよろしいんですか?」 「ああナエ。来てくれたのかい? …ほらトレイズ、人を幽霊みたいに言わないでよ。 僕傷ついちゃうよ?」 にこにこと笑った「ロビ」は、まだラファよりいくらか年下の… 十五、六歳くらいの少年だった。 黒い軍服に、白いマントをなびかせた、モスグリーンの髪の少年。 腰に長剣を吊っている。 ということは、彼が噂の「シェイル騎士団長」ということか。 まだほんの子供じゃないか。ラファ達は目を丸くした。 ロビはそんなことも気に留めず、 溢れんばかりの笑みでトレイズに詰め寄っている。 「君が遊びに来てくれるなんて嬉しいなあ。 なんの用だい?シェイルに住む気にでもなった?」 「そんなわけねえだろ! 何が悲しくてお前の近くに住まなきゃ…!」 「だろうね。まあ、城に来なよ。 お茶の一杯くらいは出してやってもいいよ」 そしてロビは、呆然とするラファ達に顔を向け、笑った。 「よかったら、そこの皆さんも一緒に、ね」 |
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