25.参戦の条件
「面倒くさい」

「俺達の仲間になってくれ!」というトレイズの台詞を、
ロビは優雅に茶をすすりながら一刀両断した。

あまりの切り返しの速さに、一同は一瞬唖然とする。
最初に我に返ったのは、ラファだった。
「なんでだよ!」
「なんでも何も…だってシェイル出る時の手続きって大変なんだよ。
僕は仮にもここの騎士団の団長だし?
えーっと…ラピー君?」
「ラファだ!」
「そうそうラファ君。
まあ、これがトレイズの個人的なお願いで、
なおかつトレイズが僕に土下座でもしてくれるなら、
考えてやらないこともないかな。
トレイズには不本意ながら色々と恩があるからね。
でも、ラトメの神の子の為に動く気にはなれないかな。
僕、あの人のこと大嫌いだから」
「チルタを止めなくちゃ、世界が壊れちゃうんだよ!?」
「世界なんてどうなろうと知ったことか」

さらりと言い放った台詞に、ラファ達は絶句した。
ロビはカップをソーサーに戻して、脚を組み替えてにこりと笑った。

「僕は、自分と、ナエと、まあついでにトレイズくらいの命があれば、
他はなんだっていいんだよ。
他の奴らがどうなろうと知ったことじゃない。
第九の巫子が世界を滅ぼすというのなら、
そうだな…僕はそれに加担したいくらいだよ。
強きが力を奮い弱きがひれ伏す?ハッ…全く持ってナンセンスだ。
そんな時代遅れのしがらみに囚われたままよりは、
いっそ世界を滅しつくして新たに創造しなおしたほうが得策だとは思わないかい?」

冗談めいた口調と表情だったが、
その目は至って本気だった。
ラゼが、珍しく怒ったように言った。

「そんな…だって、あなたはシェイル騎士団の団長でしょ!?
シェイルディアの人たちを守る人でしょ?
それに、さっきだって、スラムの人たちにパンをあげてたって…」
「騎士団長なんかになっちゃったのは失敗だったよ。
今の副団長…当時の団長と成り行きで戦うことになって、しかも勝っちゃってさ。
だからなりたくてなった地位じゃないんだよね。
それに、スラムの奴らを生かしているのは、
ああいう奴らを味方につけておけば色々と役に立つからだよ。
生きてて欲しいとか、死んじゃ駄目だとか、
そういう崇高な気持ちからじゃない」

世間話でもするかのように軽い調子で、
ラゼの怒りをかわしていくロビ。
ラファは無性に腹が立ってきた。
彼は…人の命を、なんだと思っているのだろう!?

ラファが抗議しようと口を開くが、
それよりも早くに大きな音を立てて立ち上がった人物がいた。
…ギルビスだ。

「ふざけるな!!」
ギルビスが声を荒げた。
いつも冷静な彼にしては珍しいことだった。
「役に立つからとか、そんな理由でも人の生き死にを決められる立場にいるくせに、
それをまるで無駄なことみたいに…っ
守られる側の気持ちにもなってみろ!
守られた側は…っ、ずっとずっと、
命を救ってくれた奴の為に生き続けなくちゃならないんだよ!
守られた人間にとっては、それが助けてくれた奴に出来る唯一のことなんだよ!!
それを…必死になって生きてる奴を、否定するな!!」

肩を上下させて、ギルビスは荒い息をついた。
…彼も、妹が…リィナが、彼を守ろうと巫子の振りをして、死んでしまった。
守られた側の人間としても、医者の卵としても、
ロビのこの態度は許せなかったのかもしれない。

「それに…っ」
ギルビスが拳を握り締めて続けた。
「あんたにだって大事な人がいるのに、
なんで他の人にだって同じことが言えるって分からない?
そういうものが巡り巡って、あんたの背中に乗ってるんだ」

シェイル騎士団長として。
ギルビスの叫びが終わると、ロビは静かに目を伏せた。
茶を手に取り、一口含む。

「………うん、なるほどね」

たいした感銘を受けた様子もなく、あっさりと。
それにギルビスは、とうとう彼を殴り飛ばそうと一歩前に出た。
「この…ッ」
「あーっと!待った待ったギルビス落ち着けって!」

トレイズがギルビスを後ろから羽交い絞めにして抑えた。
「トレイズ!離せよ僕は…ッ」
「まあまあロビを殴るのは仲間にしてからな?…な?」
「こんな奴仲間になんて…ッ」

しかしギルビスは途中で口をつぐんだ。
一人でも巫子が欠けては…チルタに奪われては、ならないのだ。

ギルビスが黙ったのを見て取って、
トレイズは前に出てロビに笑いかけた。

「えーっと…俺もさ、お前の言い分は良く知ってるけど…
俺達には、お前の力が必要なんだ」
「…必要なのは、僕の巫子の力かい?
それとも僕の血筋かい?」
「どっちでもない。…いや、まあそのふたつもちょっとはあるけど。

俺は、無印の"ロビ"っていう一人の人間の能力と頭脳が必要だと思ってる」

そのためになら土下座だってしてやるさ。
にっこりと笑って言い切ったトレイズに、
ロビもまた笑みを絶やさずに返した。

「そうだね…」
思案するように、宙を見上げる。
「いいよ、そこまで言うなら協力してあげる」

やけにあっさりと意見を変えるものだから、
一同は思わず目をぱちくりさせてロビを見た。
今の今まで「面倒くさい」とか言っていたのはどこのどいつだ!
と一言文句を言ってやろうとすると、
ロビはただし、と言ってトレイズの眼前に指を突きつけた。

「ひとつ条件があるよ。
僕…"第八の赤の巫子"の能力を最大限に生かす、僕の最大の武器、
"黒い本"を探して見つけてよ。
実は僕の妹が勝手に持ち出したらしくてね…妹ごと行方不明。
部下の調べで、クレイスフィーに戻ってるのは確かなんだけど。
"黒い本"を探して、持ってきてくれたら仲間になってあげてもいいよ」

"黒い本"?どこかで聞いたフレーズだ。
「妹なんていたのか、お前」
「去年突然押しかけてきて、
『私もお兄様のお手伝いをいたします、
ナエには決して負けません!』…と、ね。
いやあ、油断してたら"黒い本"持って逃げられちゃった。
黒い本さえなければ、
僕が巫子としての役目から解放されるとでも思ったのかな」

そんなことあるわけないのにねえ。
気楽に言ったロビ。
彼をまじまじと見つめ、ようやくラファは気が付いた。
「あああっ!!!」
「えっ?」
「な、何事?」
「トレイズ、マユキ!そいつってまさか…

ルシファで会った緑の髪の女の子のことじゃないか!?」

人と人とのつながりというのは、
巡り巡って意外なところで糸を張っているものだ。
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