26.黒い本と緑の髪を探せ
「なんだ君達、ティエラと知り合いだったのかい?」
ロビは首を傾げて問うてきた。
「知り合いっていうか…
ラファとマユキをラトメに連れて行く途中に寄った村でたまたま会ったんだよ。
"この本はお兄様のものだ"とかなんとか…」
「まったく。"僕のものだ"って言うんならさっさと返してほしいね」

そう言ってロビはからからと笑った。

するとその時、執務室の扉が開かれた。
廊下から、黒い軍服に身を包んだ、淡い金髪にエメラルドの瞳、
そして楕円形の眼鏡をかけた二十代半ばほどの青年が入ってくる。

「ロビ様、お呼びですか?
…と、お客様がいらっしゃったのですか!?
ロビ様、そういうことは先に私に話を通してくださらないと!」
「やあ、イデリー。
ちょっと頼みがあるんだけどやってくれるよね?」

イデリーと呼ばれた青年の怒鳴り声をものともせずに、
ロビは有無を言わせぬ口調で返した。
イデリーは、ぐっと言葉に詰まる。

「……なんですか」
「いやあ、ちょっと彼らに人探しのゲームをしようと思ってね。
この間ティエラを見かけたの、君だろう?
ちょっと行ってつれてくるのを手伝ってやってよ」
「そんな!」

雷に打たれたような顔で、イデリーは叫んだ。
そしてこちらを見てきたので、トレイズがやんわりと笑いかけて、返す。

「相変わらずいいように扱われてるんだなあ、イデリーさん。
久しぶり、よろしく頼むよ」
「トレイズ…!お前からも言ってくれ!
ロビ様、私にも仕事が…」
「どうせ取るに足らない庶務雑務だろう?
僕とナエでやっとくよ。さあ行った行った」
「ロビ様!」

どちらが優勢かは簡単に見て取れた。
にこにことお茶のおかわりを注ぐロビに、
イデリーはがっくりと肩を落とした。

「…行きましょう、皆さん。
申し遅れましたが、私はシェイル騎士団の副団長、イデリーです」



「"あんたの背中に乗ってるんだ"…ねえ」

人のいなくなった執務室。
ロビは執務机の後ろにある大きな窓から、
広がる町並みを見下ろして、小さく息をついた。

「そういうのが嫌だから、ここまで逃げてきたのになあ…
……って、今更言ったって仕方ない、か」

ぽつり、呟く。
と、執務室の扉が小さく開く。
「ロビ様…」
「…ナエかい?」

ナエはうつむき、ロビの側に寄った。
ロビの見ている先…町の大通りへと歩いていくラファ達。
それを見ながら、ナエは小さく尋ねた。

「ロビ様…トレイズたちと一緒に、行ってしまうのですか…?」
「さあ、ね。
ほんとうにトレイズ達がティエラを連れてきちゃったら、
行かなきゃならないね」
「……嘘。本当は行きたくてたまらないんでしょう?」

ナエは自嘲的に笑んだ。
「本当は、ロビ様は、ティエラ様の居所も知っているんでしょう?
トレイズたちが見つけられるってわかって、そういう取引にしたんだわ。
…トレイズが来たとき、ロビ様、すごく嬉しそうな顔してたもの」
「……ナエ」
「……………行かないでください」

ナエはか細い声で呟くと、
ロビのマントの裾を指先できゅっと握った。
ロビは微笑む。

「そうは言ってもね…いずれはラトメか、ファナティライストか、
どちらかの側につかないといけない。
なら、チルタかトレイズか、僕がどっちを選ぶのかくらい分かるだろう?」
「でも!
…でも、私は…ナエは、ロビ様がいなくなってら、
これからどうやって生きていけばいいのかわかりません」

またうつむき、唇を噛み締めるナエの頭に、
ロビはそっと手を置いた。

「すぐに戻ってくるさ。
…ついでだから、そのままシェイルから逃げちゃおうか。
うん、それがいいな。
そうだな…
昔、ファナティライストの森の中に小さな家を、僕とトレイズが建てただろう?
あそこで待っててよ。
巫子のうざったい役目が終わったら、すぐに行くから」
「……」
「…すぐに行くから」

優しく言って、ロビは目の前の細いからだを、自分の胸で包み込んだ。
ナエのあたたかいなみだが、黒色の煩わしい軍服に染みこむのを感じながら、
ロビは、そっと目を伏せた。



「本当に…何だって言うんだ、あいつは!」

ずんずんと大通りを闊歩しながら、ギルビスは吐き出した。
一緒に旅をしはじめて結構な月日が経とうとしているが、
彼がここまで感情をむき出しにするのも珍しい。
トレイズが苦笑してその背を眺めている。

「まあまあギルビス。そういきり立つなって。
ロビだって本気で言ったわけじゃないさ」
「そんなふうには見えなかったわ」

ラゼもぷりぷりして返す。
トレイズは困り果てて、頭を掻きながら言った。

「うーん…あいつも素直じゃないからなあ…
それに、生まれ育ちのこともあるし」
「生まれ…?」

マユキがそう返したら、トレイズはちらとイデリーと顔を見合わせた。
「……ロビの本名を聞けばすぐに分かるさ。
あいつはロビ・S・ファナティライストって言うんだ」
「ファナティライスト!?」
「ロビ様は今のファナティライストの王である、
世界王シェーロラスディ・T・ファナティライスト陛下のご子息であらせられます」

ファナティライストは、レクセ、ラトメ、シェイル、インテレ、クライの五大都市を統べる、
世界全体の中枢に当たる。
つまり、そのファナティライストの王ということは、
世界全体の王に等しい…
それで、ファナティライストの支配者には、敬意を込めて
「世界王」という位が与えられているのだ。
その息子ということは…

「じゃああいつ、次の世界王なのか!?」
「あんな命の尊さを欠片も理解してないような奴が…?」
ギルビスが顔をしかめた。
するとイデリーがすぐさま反論する。

「何を言うんですか!
あの方ほど人の命を大切になさる方はどこにもいません!
でなければ、私はあの方に、騎士団長の地位を引き渡したりはしませんでした!」
「あいつは、地位の高さに期待されたり、
地位が高いからって民衆を守るのが当然だとか、
そういうことを思われるのが大嫌いなんだよ。
それに嫌気が差して、ファナティライストから逃げ回ってるんだ」

そして、トレイズは語りだした。
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