34.世界創設戦争 |
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真夜中のラトメディア。 皆が寝静まった神護隊本部の執務室で、エルミが四人分のお茶を淹れてやってきた。 「どうぞ」 「あ、どうも」 レフィルとエルミは、ラファ達に向かい合うようにして椅子に腰を下ろしていた。 お茶を一口飲んで、エルミは口を開いた。 「さて…何から話しましょうか」 「とりあえず僕の自己紹介からかな」 レフィルが微笑んだ。 「ラファとは一度、ルシファで会ったけど…僕はレフィル。 レーチスとは…そうだね、兄弟のように育った仲だ。 そして、世界創設者…その中で、幹部の一人だった」 「まさか!」 「だって、世界創設者の幹部は、赤い印を創って、消えちゃったんじゃ…」 「僕はちょっと例外でね」 レフィルは肩をすくめた。 「見ての通り、今もまだ健在さ。ずっとラトメにいたんだ。 フェルのヤツは隠していたのか…まあ、あいつのやりそうなことだ。 フェルは僕が嫌いだからね。 彼女の恋人と仲良くしてたら妬まれちゃったのさ」 「彼女ほど性格の悪い女はそうそういませんよ。 "私"だって、彼女と比べればまだ温和な方でしょう」 「エル……君もいい勝負だと思うよ…」 ため息をついたレフィル。エルミは肩をすくめた。 「じゃあ、何か聞きたいことはありますか、ラファ様? レーチスに言われてしまった以上、"私"には、 あなたに真実をお教えしなければなりません」 「ラファでいいよ、今のあんたは"エルミ"じゃないだろ?」 「そうですね、では、ラファと呼ばせていただきましょう」 「……ゼルシャで、夜…俺が会ったのは、あんただったんだな」 マユキが目を丸くしてエルミを見た。エルミは微笑んだ。 「はい。この指輪を通して、あなたの行動は把握していましたから」 「黒い本の詩の一節が分かったのも、」 「私の魔力とシンクロしてしまったのでしょう。 …ラファ、けれど、そんなことよりも、聞きたいことがあるんでしょう?」 ラファはうつむいた。 だが、迷っていたのは一瞬で、すぐに顔を上げて問うた。 「なんであんたが生きてるんだ?エルミリカ・ノルッセル」 今度こそ、マユキが息を呑んだ。 エルミリカはラファから視線を外し、マユキを見た。 そして笑った。エルミよりも深い深い、全てを悟るような表情で。 有無を言わせぬ口調で、言った。 「エルディ君には、内緒ですよ?」 「エルミが…赤の巫子の、考案者……?」 「ええ、私の名前はエルミリカ・ノルッセル。 かつてロゼリー帝国の女王だった、そして黒い本を書いた、 …赤の巫子を考案した、世界一の罪人です」 エルミリカは自嘲的に口端を上げた。 「なんで、あんたが生きてるのに…こうして赤の巫子が存在してるんだ? レーチスと、ミフィリ…だっけ?二人は、エルミリカを生き返らせるために、 巫子になろうとしたんだろ? それとも、レーチスがあんたを生き返らせたのか?」 「……"予知夢の君"は、未来を変えられる」 神妙な口調でゆっくりt、エルミは言った。 「私は未来を捻じ曲げたんです。 自分が殺されることを"視て"いて、納得していたはずなのに… 崖から突き落とされたとき、私は"死にたくない"と思ってしまったんです。 …まだ、死にたくない、死ねない理由があるって」 エルミリカは窓の外を見た。 黒く塗りつぶされた夜闇が広がっていた。 「気が付いたら…この時代にいました」 「この時代って…時代を飛び越えたってことか!?」 「ええ。これもまた、予知夢の君の力なのでしょうね。 今から六年ほど前の話です。 しかも体は十歳くらいの頃まで縮んでいるし… 孤児集落で倒れていたところを、エルディ君に拾われました。 私を本当の妹のように育ててくれた…どこの誰かも分からない私を。 ただ、自分と似ているというだけで」 自慢の兄ですね。そういって、エルミリカはしばし目を伏せた。 「ラトメに、エルディ君を追って神護隊に入ったとき。 ラファにはお話ししましたね、二、三年前ですか、レーチスと再会しました。 そこで彼に、ノルッセル家の末路、赤の巫子が今も存在していること、 そして、過去夢の君……ラファ、あなたのことを聞きました」 「俺の…?」 「ええ、あなたが次の過去夢の君だから、銀時計を渡して、助けてやってくれと。 だから、私は…自分の魔力を溜め込んだこの指輪を通して、 あなたの力を制御していたんです。 とはいえ、完璧ではありませんでしたから、時々過去を見てしまうこともあったでしょうが…」 エルミリカはラファの手を取って、銀時計の文字盤を上向きにした。 針は今、壊れかけた時計のように、右へ左へ、ぶれている。 「あれ?」 マユキが一緒になって覗き込んで声を上げた。 「それ、レクセにいたときは反時計回りだったよね?」 ラファも頷いた。 最初は止まったまま。 次は反対周りに、ぐるぐる回転していて、 それからだんだんと、時を刻む速さが遅くなっていって。 「普通の時計としての役割を果たせるようになるまで」と、レーチスは言っていた。 ということは、いずれはこの針も時計回りになるのだろう。 先ほど手紙を読んだレフィルは、文字盤を覗き込んで言った。 「ラファの力が安定してきたのかもね」 「じゃあ、もう過去夢もあんまり視ないで済むのか?」 「レーチスの手紙が正しければ、だけど」 ラファはレフィルから視線を外して、もう一度時計を見た。 そういえば… 「レクセで巫子狩りにこの時計を見せたとき、何が起こったんだろう…」 「……随分と攻撃的なことをやりましたね」 エルミリカが顔を引きつらせた。 レフィルが、「レーチスの入れ知恵だろ、あいつが穏便な手を取るわけないよ」と返した。 「どういう…?」 「つまりですね、その時計を通して魔力を放つと、光が出てきたでしょう? あの光を食らうと、その人の一番見たくない記憶を鮮明に映し出すんですよ。 巫子狩りだって人間ですからね… 非道な任務を与えられ、手を汚している分、恐ろしい記憶だって多いでしょう。 …チルタに見せておけばよかったですね、 再起不能でこれ以上邪魔されずに済んだかも」 「エル…君も大概えげつないよね」 レフィルが顔をしかめた。 ラファは、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。 「俺…すごくむごいこと、やっちゃったのかな」 誰にだって見たくない記憶はある。 勿論、ラファにだって。 それを無理矢理掘り起こされるなんて、考えただけでもおぞましい。 すると、エルミリカが首を横に振った。 「私は、これでも戦乱の世に生まれてきましたから、 あまり優しいことはいえませんが… 戦いにおいて、敵に情けをかけることほど、あとで痛い目を見るものです。 向こうだって命を懸けている。 それを生ぬるい優しさなどで否定するのは愚かなことです」 「………そうかな」 「そう思わなくては、勝てなどしませんよ」 エルミリカは唇を噛んだ。 …彼女の故郷、ロゼリー帝国は既に滅亡している。 彼女は自身の経験を持って、それを実感したというのか。 ラファは黙りこくった。 「もう夜も遅い」 西に傾く月を眺めてレフィルは言った。 「寝た方がいいよ。僕もレーチスを探しに行かなくちゃ」 「レフィルは、どうしてレーチスを追ってるんだ?」 執務室の扉に手をかけたまま、レフィルは振り向いた。 笑んで言う。 「ただ、ふらふらその辺をほっつき歩いてる馬鹿レーチスを一発ぶん殴りに行くだけさ。 人間長生きすると、人を一発殴るだけでも労力を惜しまなくなってきてね。 こっちから出向かないと気がすまないのさ」 ひらひらと手を振って執務室を出て行くレフィル。 その背はラファよりも一回り小さいのに、 とても重く、強く見えた。 「部屋に案内しましょう。 トレイズさん達が来るまで、ゆっくりお休みください」 「トレイズ達は無事なの?……ですか?」 マユキが慌てて敬語に直した。 そういえば、彼女は自分達よりずっと年上のはずだし、 何より今あるこの世界を、そして平和を作り上げた創設者の一人なのだ。 ラファ達が気軽に話していい相手ではない。 しかし、エルミリカはゆるゆると首を横に振った。 「敬語でなくとも構いませんよ。 今の私は王家の一員でもないし、世間的には死者となっているのですから」 立ち上がるエルミリカ。 「部屋は以前と同じところをお使いください。 案内します」 エルミリカはラファ達の数歩先を歩き、 ふと思い出したように振り返って、にっこりと笑った。 …そして"エルミ"は気を取り直したように、数段声を低くして、言う。 「トレイズさんですか? 多分今頃はのんびり寝ているんじゃないですか?」 |
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