41.巫子狩り
レクセディアの入り組んだ小道を、ユールやピルの案内で突き進む。
これまで巫子狩りに遭うこともなかったし、その気配も感じなかったが…

「この先が出口です」

小道の角を曲がる前に、ユールが立ち止まった。
家屋の陰からレクセディアの出入り口を見る。
―――巫子狩りは、いない。

「妙だな。
俺達が脱出するっていう情報が流れてるなら、大量の見張りがいるはずなのに…
また幻術でもかかってるのか?」
「そんな気配はないなあ」

緊迫した口調のトレイズに対して、ロビの様子はきわめて悠長だった。
「罠じゃないの?」
ピルがびくびくしながら問うた。
…彼女は意外にも、プレッシャーに弱いようだ。

「十中八九そうだろうけど…どうする?」
「行くしかないだろ。ずっとここに立ってるわけにはいかない」
「じゃあ、私に先に行かせて。
私が一番、気配には敏感なんだから」

ラゼがきゅっと眉を寄せて言った。
手にした武器…鋭い刃の突き出た物騒なブーメランをきつく握り締めて、前に出た。
エルフに育てられた彼女は、人間よりもい感覚がエルフに近いのだ。

だが、男所帯のこの一行の中で、
女の子を一人で突撃させるのはいかがなものか。
言いよどむトレイズを、ラゼはすがるように見上げた。

「お願いトレイズ。私、みんなの役に立ちたい」

トレイズは眉尻を下げた。
助けを求めて、ギルビスとロビを見るも、二人は肩をすくめて、
「…ラゼが一番戦闘センスがあるのは事実だよ」
「まあ、いいんじゃない?」
「………」

ラファ達の時といい、こういう目には弱いのだ。
トレイズは溜息をついて、ラゼを見下ろした。
「危ないと思ったら、すぐに退くんだぞ」
「ええ」
「絶対だからな」
「くどいわよ、トレイズ。私、大丈夫よ」

ラゼは左の金髪を払った。
髪の奥に隠れた血色の左耳が風にさらされた。
そっと、呪文を口ずさむ。

「封印を、解除します」

とんっ、右のつま先を地面に叩きつける。
にいと唇が弧を描いた。
直後、目にも留まらぬスピードで、ラゼは単身駆け出した。
人気のない大通りを、小柄な少女が走る。
出入り口であるゲートに辿り着くのにも、大した困難はないように見えた。

―――しかし。

ガンッ!!!

頭上から、轟音。魔弾銃が火を噴く音。
一瞬でそれはラゼの元へと飛び込んでいく。
が、ラゼは銃弾を難なく避けて、振り向きざま音の出所に向けてブーメランを投げた。
一同が壁の陰からブーメランの行く先を追う。
…黒マントが、ブーメランを避けた。
巫子狩り!

「巫子狩り一人?巫子四人に対しては随分な歓迎だね」
「こっちは願ったり叶ったりだけどな」

黒マントが、建物の屋根から降りてきた。
魔弾銃を右手に、フードの奥からラゼを見据えている。
戻ってきたブーメランを受け止め、ラゼはまっさらな笑顔を巫子狩りに向けた。

「こんにちは、巫子狩りさん」
「……」

巫子狩りは応えない。
代わりに、女性の声で言った。

「――チルタ様の命により、巫子を捕らえる」
「ふふっ、あなたにできる?」

くるりとブーメランを一回転させるラゼ。
女性は黙って銃身を持ち上げて、ラゼに向けて構えた。
音のない大通り。
トレイズ達は息を詰めた。

ガゥン!!

銃声。ラゼは避けた。
巫子狩りに向けて駆け出し、大きくブーメランの刃を振るった。
巫子狩りはひらりと避けた。
ふわりと舞った黒いマントの裾に、中指ほどの長さの裂け目が入った。

「…っ」
巫子狩りがぐっと息を止めた。
近づいたラゼを牽制するように銃口を向ける。
ダンッ!しかし銃弾の通った軌跡上に、もうラゼはいなかった。

「ちィッ!」
舌打ちした巫子狩りは魔弾銃を捨てた。
それは地面を南側へと転がって、門のアーチの傍で止まった。
巫子狩りは懐から小さな折りたたみ式のナイフを抜いて、ラゼめがけて突き出した。
ラゼはそれをブーメランの刃の腹で受け止めた。

目にも止まらぬ速さで繰り広げられるそれ。
埒が明かない戦闘に、トレイズははらはらとそれを見守った。
その隣で、何故だかゲートのほうを見ながらロビが言う。

「……ねえ、ここって、ルイシルヴァから見て南だっけ?」
「何言ってんだよ?そうだろ!」

ロビの意図を読んだユールが、彼と同じ向きを見てぽつりとつぶやいた。
「"剣士のカード"…」

ユールは少し迷って、そして、入り口に向けて走り出した。
「ユール!?」「馬鹿、危険だ!」
ピルが悲鳴を上げ、トレイズが叫んだ。
巫子狩りがその声に気づきユールを見た。

ユールは入り口のゲートに辿り着くと、
落ちたままの魔弾銃を取り上げて、まっすぐに巫子狩りへと向けた。
一瞬、驚きか戸惑いか、巫子狩りが動きを止めた。
…時間は一瞬で十二分。
ラゼが巫子狩りの背後に回って、ブーメランの切っ先を彼女のマント越しの首筋に当てた。

…そして、沈黙。

「ナイフを離しなさい」
微笑を浮かべたままラゼが言った。
少しの間を置いて、巫子狩りはナイフを地面に落とす。
首筋に刃を当てたまま、ラゼはそれを巫子狩りから離すように数メートル前方に蹴飛ばした。
そして、目を伏せて、唱える。

「封印を施錠します」

とん、左のつま先を地面に叩きつけると、ラゼは目を開いた。
あの狂気的な雰囲気はすでに失せていた。

「…みんな、出てきても大丈夫だよ」

ラゼの言葉を聞くなり、ピルが物陰から飛び出してユールに飛びついた。
「ユール!なんでこんな無茶するの!?
あ、あたし、心臓が止まるかと…」
「ごめん、いつまで経っても"剣士"が現れないから、
いっそ僕がみんなの助けになろうと思って」

魔弾銃の銃口を下ろして、ユールはピルを見た。
うつむく巫子狩りの前に、ギルビスとロビ、そしてトレイズが立つ。
ギルビスが眉を寄せて巫子狩りを見た。

「さて、巫子狩り一人で来るなんて余裕じゃないか。
これを期にいろいろ吐いてもらわないと」
「…話すことは何もない」
「別に話さなくてもいいよ」

ロビが一歩前に出た。
槍の切っ先を巫子狩りに向けて、穏やかに問う。
「さて、巫子狩りさん。そのフード、外してくれるよね?」
「…断る、と言ったら?」

ハスキーな声。
ラゼが訝しげに首をかしげた。
ロビはにっこりと笑う。

「勿論、無理矢理にでもそのマントを取ってもらうよ。
巫子狩り…いや、ルナ・シエルテミナ、さん?」
「………え?」

声を上げたのは、トレイズか、それともラゼか。
とにかく二人は気づかなかったようで、目を丸くして巫子狩りを見た。
巫子狩りは、ゆっくりとフードを外す。
…中から現れたのは、黒い綺麗な髪。

ルナだった。

「ルナ…!?」
「なんで私の家名を知っているのか、…なんて愚問よね。
こんにちは、ロビ・S・ファナティライスト。
黒髪のことを聞かれたときはうかつだと思ったわ」
「そういう君も、
僕のこの緑の髪がファナティライスト血族の証だって知っているみたいじゃないか」
「ま、待て!どういうことだよ!
髪の色とルナになんの関係が…」

「黒髪は、シエルテミナ家の象徴なんだ」

混乱するトレイズに、ギルビスが静かに言い放った。
「緑の髪と瞳がエファイン、
蒼の髪と瞳がソリティエ、
銀の髪に瑠璃の瞳がノルッセル、
そして…黒い髪に黒い瞳がシエルテミナ。
不老不死の血族の直系は、その特徴を色濃く受け継ぐって言われてる。
…シエルテミナ家っていうのはね、ファナティライストの神官…
主に、優秀な巫子狩りを輩出している"名門一族"なんだよ」

僕らにとっては因縁の一族ってわけさ。
ロビがのんびりと付け加えた。

ラゼは蒼白な表情でルナを見つめていた。
瞳を揺らして、問う。
「ど…、どうして、どうして、ルナ…?
ルナ、巫子狩りじゃないよね?嘘だよね…?」
「………」
ルナは黙り込んで、そして、ラゼの質問には答えずに、言った。

「そこまで知っているのなら、勿論、このことも知っているのよね?」

一同が眉をひそめた直後、ルナは左手を前に突き出した。
手袋を外す。…その白くて細い手首に、赤い筋が走っていた。
――"赤い印"!

「第六の赤き刻印よ!彼の者を滅せよ!」

ドンッ…
思い音を立てて、ユールとピルの背後に、血色の巨大な門が現れた。
…誰に何も言われずとも、それが危険なものであることは見て取れた。
トレイズが叫ぶ。

「ユール!ピル!逃げろ!」
「あ、……あ…?」

ピルが腰を抜かして座り込む。
ユールが彼女の腕を引っ張った。
「ピル、立って、逃げなきゃ」
「…え、あ…?だ、だけど、こ、腰が…」

ゆっくりと扉が開いていく。両開きのそれぞれの扉の隙間から、
獣かなにかの鋭く長い爪が「にゅるり」と出てきて、
門をこじ開けようと、ぐわしと扉をつかんだ。
ユールは舌打ちする。
そして…

門が開いて、中から真っ黒な、巨大な狼のような毛玉が、
ユールたちめがけて飛び出すのが先か。
それともユールが、呆けるピルの身体を突き飛ばすのが先か。

とにかく、ユールがその獣に、思い切り体当たりをされて、
彼は十数メートル吹っ飛ばされた。
「ユール!!」

ギルビスがユールに駆け寄る。
一同の意識が彼等に逸れたその直後、
ルナはロビとラゼを蹴り飛ばし、ギルビスとユールの元へと駆けた。
ユールの手当てをしようと咄嗟に呪文を紡ぎ始めたギルビスの背を蹴り倒し、
ユールの胸に、彼の緩んだ腕から取りあげた魔弾銃の銃口を向けた。

「ルナ!!」
ラゼが叫んだ。ルナはギルビスの背にブーツの踵を食い込ませて、
「近づかないで!」
と金切り声を上げた。
「ふふ…第三の巫子を献上すれば、チルタ様はきっと喜んでくださる…
そうよ、きっとそう。
あなたたちに、チルタ様の目的の邪魔はさせないわ!」
「チルタの、目的…?」

トレイズが眉を寄せるのも気にせず、ルナは詠うように言った。
「あの方は悲しいひと。
過去にばかり目を向けて、そのために命まで賭けていらっしゃる…
お傍に私がついているのに、あの方にはたった一人しか見えていない…
あの方は、かなしいひと」

その瞳は潤んで、頬は赤く染め上げられて、まるで恋する乙女のようで。
だが、期を取り直して、ルナはまっすぐにラゼを見た。

「…だけど、チルタ様の望みは私の望み。
誰にも邪魔なんてさせないわ。
ねえ、ラゼ?あなたに近づけて、とっても便利だったわ。
いろんなことが分かったもの。
あなたの友達だって言えば、協力してくれた人もいたしね?」
「協力…って…?」

ロビが舌打ちした。
勢いよく振り向いて、その視線の先にいる人物をにらみつけた。
「なるほどね…詐欺師は君だったってわけだ。

―――ピル」

座り込んだピルが肩を震わせた。
他の者が、唖然として彼女を見た。
「え…」
「ピル…?」

蒼白を通り越して土気色の表情のピルを、ルナは高らかに嘲笑った。
「うっふふ!とっても簡単だったわよ?
ユール君のことをちょっと引き合いに出せば、
すぐにあなたたちの脱出する時間を教えてくれたし、
メアル先生に武器庫に誰か来るって告げ口もしてくれた。
ね、ピルちゃん?あなたも、とっても便利なひとよ」

だからね?不敵な笑みを浮かべて、ルナはぱちんと指を鳴らした。
すると今まで大人しくしていた黒い獣が、
がばりと口を勢いよく開いて、
よだれを撒き散らして、
目の前の少女…ピルを喰らおうと、突進した。

「邪魔者は、消えて頂戴」
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