05.ラトメディア神護隊本部
それからまた一日中を歩き通しで過ごし、
やはり時々エルディの錠剤に世話になりながらも、
ラファ達はどうにかこうにかラトメディア首都、フレイリアへとたどり着いた。

「なんとか日が暮れる前に着いたな」
「2日で着けるとは思いませんでしたよ。
今日は野宿だと思ってました」

息切れもしていないトレイズとエルディ。
隣のマユキは流石に疲れたらしく口数が少なかった。
「流石に……疲れた…」
「これからしばらく筋肉痛だね…」

トレイズたちは門の前で遅れている二人を待っていてくれていた。
見張りの兵が少し緊張した面持ちでトレイズを見ている。
彼は懐からなにやらカードのようなものを取り出して兵に提示した。

「ラトメディア神護警備部隊隊長トレイズだ。
任務を終えて帰還した。通行許可を」
「はっ、お帰りなさいませトレイズ様!」
兵士はすぐに四人を通した。

門の向こう側には、レンガ造りの建物が立ち並んでいた。
灰色の舗装されたレクセの道とは違って、
ラトメは全てがレンガでできている。
赤茶色のレンガが夕陽にきらきら輝いて、暖かい光を受け止めていた。

神聖都市ラトメディア。

世界統一戦争の時代、ここは一番の激戦区だったという。
レクセと、北のシェイルとの連合軍がこの場所へ押し入り、
家々に火を放ち、人々を女子供も見境なく斬り殺した。
今は夕陽にきらめくこの場所も、当時は炎に巻かれた恐怖と悲鳴が渦巻く土地だったのだ。

メアルの授業を思い出して、ラファは息を吐いた。
人々が買い物を楽しむ今の光景からは、とても想像もつかない歴史である。

前で、トレイズがこちらを見て、笑った。
「さてと、まず神護隊の本部に行くか!
さっさと帰ってみんなを安心させてやらなきゃな」
「神護隊って…なんかお堅そう」
「絶対ありえません。
一人…いや、若干二人ほど、問題児がいますから」
「問題児?」

エルディは溜息をついた。そしてなにやら説明しようと口を開いた。
…が。
「トレイズさん!」
喜びに満ちたボーイソプラノの声。
見ると前方に、神護隊の制服に身を包んだ金髪の少年が、
みかん色のまん丸の瞳を輝かせてこちらを見ていた。

「げ、レイン…」
「『げ、』じゃないですよ!」
よく響く声で叫ぶと、トレイズに詰め寄る。
「なんで僕を置いて行っちゃうんですか!
僕…僕、寝ないでずうっと待ってたのに…」
「君がいたところでうるさいし足手まといだよ」
「エルディ!君もだよ!いっつもいっつもトレイズさんに付き添ってさ!
僕もエルミも、今日帰ってこなかったら、
レクセまで迎えに行ってるところだったんだよ!?」

きゃんきゃんと犬のようにわめく少年。
彼はひとしきり騒ぐと、
ようやくラファ達に気付いてにこりと笑いかけてきた。
「あなた方が赤の巫子ですか?」
「い、いや、俺は…」
「そうだよ。ラファにマユキだ」
トレイズがラファの台詞をさえぎって返すと、
彼は嬉しそうに目を輝かせた。

「うわあ…初めまして、僕レインっていいます!
ラトメディア神護隊神宿塔護衛室所属です!」
「はあ…」
マユキとラファとしっかり握手するレイン。
ラファはこっそりエルディに尋ねた。
「あれが"問題児"の一人?」
「ええ。もう一人と組んだら更に酷いことになりますよ」

あれ以上のマシンガントークが繰り広げられる様がラファには全く想像できず、
とにかく恐ろしいことだけは分かってラファは青ざめた。
「レイン、皆本部に揃ってるか?」
「全員いますよ!…あ、でもエルミはちょっと女の子に呼び出し食らって外出してますけど」
「またか…」
トレイズが大きく溜息をついた。
色々と苦労していそうな深い嘆息だった。
「とにかく行くか。クルドに頼んでラファ達泊めてやらなきゃ」



ラトメ神護隊。正式名称をラトメディア神護警備部隊。
確か五、六年前に設立された、
"神の子"直属のラトメ唯一の軍であり、最大の精鋭部隊だ。
全員が流民や孤児で、女性は入隊できない。
神の子と隊長の命令は絶対だ。逆らえば極刑ものだという。
しかし、貴族相当、またはそれ以上の暮らしが約束されるものだから、
各地の腕っ節に自身のある男達が集まってくるらしい。
ラファたちの同級生にも、何人か神護隊へ入隊したいと漏らしていた奴らがいた気がする。

そんなところだとは言え、一応神官職なのだから割と落ち着いたところなのだと、
ラファは勝手にそう思っていた。
レインと出会って早々にそのイメージは崩れ始めていたが、
それでも本部の広い、そして細かく上品な彫刻がほどこされた白い壮厳な神殿を見上げて、
ラファは再び期待を寄せていた。

大きな石造りの門を、レインとエルディがそれぞれ押し開けて、
二人は深々と頭を下げた。
「「お帰りなさいませ、トレイズさん」」
「「「「「お帰りなさいませ!!」」」」」

門の奥、ホールに敷かれた鮮やかな赤色の絨毯の両脇に、
神護隊の人々と思われる白い詰襟の軍服に麻のコートの青年達が、
トレイズたちが足を踏み入れるなり一斉に礼をした。
息の合った光景にラファとマユキは息を呑むが、
トレイズは全く気にせず、にかりと笑って言った。

「おう、ただいま!」

するとホールの奥から、カツカツとブーツの踵を鳴らして、
濃灰色の髪をぴっちりと決めた吊り目の青年がやってきた。
…言っちゃ悪いが、トレイズなどよりもずっと隊長のように見える。
「お帰りなさいませ、トレイズさん。
道中何事もありませんでしたか?」
「ああ、ただいまクルド。
しばらく本部を空けてすまなかったな。
…で、こいつが例の、ラファとマユキだ。
宿取らせるのも悪いしさ、しばらく神護隊で預かってもいいよな?」

朗らかにトレイズが問うと、対するクルドは少し唸って、ちらとマユキの方を見た。
「……しかし…神護隊は女性禁制…」
「クルド、隊長命令は絶対だよ!」
レインに言われ、クルドは言葉を詰まらせる。
しばらくして、深々と息を吐いた。

「………今回だけですよ」
「やりぃ!ありがとなクルド!」
トレイズが無邪気にそう言って、
ラファ達を早速案内しようと腕を引っ張ってきた。
と、エルディが誰かを探しているようにきょろきょろと辺りを見回している。

「……エルディ?」
「いや…」
クルドに何か尋ねようとエルディが口を開いたその時、神殿の門が勢いよく開いた。

「エルディ君が帰ってきたってほんとですか!?」

叫んだのは、……エルディに瓜二つの少年だった。
肩にかかった滑らかな銀髪も、
澄み切った瑠璃色の瞳も、人形のような白い肌も…
何もかもがエルディと同じで、
しかしその表情はエルディのものよりも暖かだった。

少年はエルディを見つけるなり、ぱあ、と顔を輝かせた。
正直、エルディがこんな顔をしていたらと思っただけで背筋が凍った。
エルディが心なしか少し表情を緩めて、その名を紡いだ。
「エルミ」
「お帰りエルディ君!あ、トレイズさんもお帰りなさいませ!
ほんとに心配してたんだよ?
僕もレインと一緒に出迎えに行く予定だったんだけど、
女の子にまた呼び出されちゃってさ…」
「エルミ、客人にごあいさつしろ」

クルドが言うと、エルミはくるりとラファ達に振り向いた。
…何故だかすこし、こちらを……特にラファを…見て、
目を丸くしたような気がしたのは、気のせいだろうか。
しかし瞬きした後、少年はエルディに向けたのと同じ笑みでラファとマユキに言った。

「初めまして、エルミです。クルドさんの補佐をしてます」
「僕とは双子なんですよ」

双子。どおりで似ているわけだ。

「エルディ君。僕ちょっと提出しなきゃならない書類取ってくるね。
お二人とも、ごゆっくり休んでくださいね」
少年はもうひとつラファ達に笑いかけると、
トレイズに一礼して去っていった。
そしてラファ達から見えない場所に行くと、
大きな窓からオレンジ色に染まった空を見上げて、
酷く哀しげに呟いた。

「レーチス…
あなたは、自分の血縁でさえも巻き込むと言うのですか…?」
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