白きロナネッタ



act.43 逃げたことへの代償

それは、ラファ君が「普通」だからだよ。

ウラニアはくすくすと笑い交じりにラファにそう語りかけた。
―不老不死の人たちは、人間にとっての「普通」の価値観がわからない。 だけど、人間にそれを教えてもらうのは屈辱ってこと。 彼らは「人間」のことを格下だと思ってるから。 でも、ラファ君は違うでしょう?ラファ君は不老不死だけど、普通の人間として育てられてきた。 …だから、あの人たちは、ラファ君に教えてもらいたいんじゃないかな、あなたの見る世界を。
ウラニアの言うことに、ラファは苦いものを噛み締めたような顔をした。
(あいつら…全然俺の言ってることが分かってないだろ、それ!)


「それで、発案者としては、これからどうするつもりなんだよ?」
居丈高にルナが問うと、ユールは困ったように微笑んだ。
「まずマユキを説得しなければ。不穏な要素はひとつ残らず排除しなければ、 エファインには受け入れがたい提案でしょう。 世界王のシェーロラスディ・エファイン陛下は非常に抜け目ない性格だから…彼女を説得できれば、 神官の言うことを一掃することも可能なはずです。姉の発言力は大きいし、 一度決めたことは何がなんでも押し通す人ですから」
「説得できるのかい?」ギルビスが批判的な声を上げた。ユールは首をかしげた。
「…会えば、彼女がどういう人なのか、分かると思います。 僕があなた方に唆されて、こんなことを言い出したんじゃないって、ちゃんと証明できれば…あるいは。 別に姉だって、進んで戦争を起こしたいわけじゃないんです」

「ユール!」
神宿塔に行きましょう、そう言ったユールだったが、ラファ達が三尖塔のひとつに出向くまでもなく、 甲高いヒステリックな声が響き渡った。 見ると、小麦色の髪の、豪奢な衣装を身に纏った少女は、 何人かの神官を引き連れて、ユールと、そして彼と一緒にいるラファ達…特にギルビスとリィナの髪の色を見て、 ショックを受けたように立ち尽くしている。
ユールが笑みを消した。
「姉さん」
「ユール、その人たちと一緒にいちゃ駄目って、何度言ったら分かるの? その人たちは、私たちの居場所を取っちゃう人たちなんだよ? その人たちに従ったら、私たちを受け入れてくれる場所なんて、どこにもないって、 どうして分かってくれないの!?」
どういうことだ?ラファ達が、事情を汲み取りきれずにユールを見ると、彼はちらりとラファ達を見て、 それからマユキに視線を向けた。
「姉さん。だけど、最初にそれをやったのは、ソリティエをこのラトメの地から追い出したのは僕たちだ。 その罰を僕たちが受けるのは当然でしょう。 姉さん、所詮僕たちは、この世界の支配者には向かないんだ」
「嘘よ!馬鹿!」マユキは憤った。「ソリティエなんて!不老不死なんて! この世界はもう私たち人間のものなんだよ!不老不死は神様の罰を受けた。そしてこの世界は人間のものになった! だから、彼らにこの世界を渡す必要なんて、どこにもないの!」
「…どういうことだ?」

なにかがおかしい。マユキは確か、自分をソリティエの本家だと勘違いしているのではなかったか? それにしては、彼女の言い様は、まるで自分は生粋の人間だとでも言いたげだ。 ユールを見ると、彼もまた目を丸くした。ユールもまた、ラファと同じように、姉の声に疑問を抱いたらしい。 ぐるりと視線をめぐらせて、端のほうで悠然と微笑むエルミリカ・ノルッセルを見て、 彼は鋭い声を上げた。
「…どういうこと、ですか。エルミリカさん」
愕然とした口調だ。
「姉さんは、神官たちに騙されてるって…自分がソリティエ本家の血族だって、姉さんは信じてるから、 だから僕は、姉さんの目を覚まさせてやらなきゃならないって…そう言いましたよね、エルミリカさん」
「エル、ミリカ?」
彼女を見ると、エルミリカ・ノルッセルは、相変わらず慈愛に満ちた微笑でマユキを見ていた。 慈愛?違う。彼女の正体を知るラファにとって、彼女の感情など手に取るように分かる…

彼女は、嘲っているのだ。マユキを。

「目を覚ますのはあなたのほうなんだよ、ユール」
吐き捨てるようにマユキは言った。
「あなたはエルミリカ・ノルッセルに騙されているの!あなたはこいつが何者なのか分かってないから、 そんなことが言えるのよ!」
何者?ロゼリー帝国の女王という以外に、彼女のレッテルが存在するとでもいうのか。 他の者たちも困惑したように顔を見合わせて、それからエルミリカを伺った。 彼女は一言も声を発しない。ラファがどういうことだと詰め寄ろうとするが、すると…
「まさか」
すぐ隣から、ラファにも聞こえるか聞こえないかという音量で誰かが呟いた。 声の出所を見ようとしたときのことだ。

ダンッ

音が、響いた。
憤っていたマユキの身体が、唐突に横向きに傾いた。 目は見開かれたまま。彼女はそのまま勢いにまかせて倒れこんだ。
その流れるような動作があまりにも突然すぎて、数秒、ここにいた誰もが、 一体何が起こったのか判断しかねた。

「姉さん?」
ユールが呆然と彼女を呼んだが、マユキはぴくりとも動かない。 じんわりと、彼女のこめかみから流れ出る赤い液体が、地面を塗らした。
「マユキ様!」
「マユキ様!?」
神官たちがマユキの元へ駆け寄るのに、ユールはその場に立ち尽くしたままだった。 ギルビスがぼそりと呟いた。
「魔弾銃?一体どこから」
ラファははっとした。すると、ラファの脇をすり抜けて、レインが、 ちょうどマユキの真横にあった宿の窓を覗き込んだ。一拍置いて、ラファも、 弾丸が飛んできたのがその方向だったのだと悟る。
「誰もいない」
レインが言った。ラファもレインの横から窓の中を覗き込んだが、中の部屋には人っ子一人いなかった。

「姉さん!」
ようやく、弾かれたようにユールが駆け出した。姉のもとに駆け寄ろうとするが、 しかし、神官たちが突然、射抜くようにユールを見た。
「近づかないで下さいませ!」
「!」
神官の一人に鋭い声で怒鳴られて、ユールはたたらを踏んで立ち止まった。
「何故だ、僕は彼女の…」
「弟君ともあろう方が、姉を害そうとたくらむとは…"神の子"といえど、許されることではありませんぞ!」
「何を言う…」
そしてユールは口をつぐんだ。今の状況で、マユキを撃った可能性が一番高いのは、 彼女と対立していたユールの手の者だと考えるのは、彼女の部下たちにとって当然のことだった。
ユールはエルミリカを振り返った。ラファも彼女を見る。 こんな状況だというのに、エルミリカは相変わらずゆったりと微笑むばかりだった。
「エルミリカさん…」失望したような声音だった。彼はきっと、 エルミリカが狙ってやったことだと当たりをつけたに違いない。
ラファ達も同じだった。冷静になって考えてみれば、あの話の流れで、 マユキはエルミリカに関して何かを言おうとした。そこでいきなり撃たれたのだ。 彼女が何かやったのではないか。…けれど、エルミリカのいた位置からでは、 銃の軌跡と合わない。ここにいた誰も、マユキを撃った位置にはいなかったのだ。 …誰か、他に銃の使い手がいたとでも言うのだろうか?

「そこをどいてください」
立ちふさがる神官たちに、やがてユールが呟いた。神官が首を横に振る。
「なりません、ユール様!」
「そこをどけと言っている。"神の子"の言うことが聞けないというのか」
彼の赤い瞳がきらりと光った。彼の出で立ち全てが、今は威厳に溢れていた。 今のユールは、あの柔和な雰囲気で、ラファ達にお茶を淹れて来た物腰には程遠い。 彼が紛うことなき権威者なのだと、ラファはようやく悟った。神官たちも同じだったらしい。 ぎょっとして、ユールの変わり身にひるんだ。

神官たちを押し退けて、ユールは姉の前に膝をついた。見開いたままのマユキの瞼をゆっくりと下ろして、 それからユールは神官たちに言った。
「姉さんを…神宿塔に運びなさい。丁重に。残った者は」
ユールの視線が、不意にエルミリカに飛んだ。

「そこにいるエルミリカ・ノルッセルを拘束しなさい。 彼女が犯人の手引きをした可能性がある」


エルミリカは全く抵抗しなかった。
いつもどおりの穏やかな微笑みを浮かべるまま、最後にふとラファに笑いかけ、 困惑する神官たちに連れて行かれていく。 その背中をじっと見送ってから、ユールはこちらに振り返った。
「……あなた方も、神宿塔へどうぞ」
そして彼は拳を握り締める。
「…ラファさんの、言ったとおり、ですね」
「え…?」
「僕は姉を殺すことも辞さないと言いました。どうしてもそうしなければならないのなら、 それも仕方のないことなのだと思ってました…なのに」

ユールは俯いた。前髪に隠れた彼の赤い瞳から、ぽたりとひとつ透明な雫が滴り落ちた。
「そう思っていたのに、こんなにも、胸が苦しくて仕方がない」

ラファは何も言えなかった。

to be continued..

2010-05-23

この展開、最初から考えてたけど、いざ実行してみると結構、いやかなり、辛いです。 マユキの性格は脇役になってこそ光るものがあると思う。
ちなみに佐倉、主役勢がこうだと思ってたことが、実は間違ってた…という展開が大好物です。