その夜のこと。明日には世界を統べる王様に会うのだと思うと眠れないラファに、
隣のベッドに仰向けになって天井を見上げていたギルビスが声をかけた。
「ねえ、ラファ」
「ん?なに」
「レインっていうのは、どういう奴なの」
「レイン?」
ラファは目を瞬いた。どういう奴もなにも、ギルビスはレインと面識があるだろうに。
訝るラファの考えを汲み取ったのか、ギルビスはちらりとこちらに視線を寄越した。
「僕はあまり彼と話してないから、彼がどんな奴なのか分からない。
ただ…見る限りでは、随分、冷静な奴だと思った」
「冷静?レインが?」
そういえばラトメでもルナがそんなことを言っていた。しかし、その評価もラファにはピンと来ない。
そうかなあ、と疑問符を上げるラファに、ギルビスはなおも言う。
「彼には、気負ったところがない」
「気負う?」ラファは素っ頓狂な声を上げた。「気負うって、なにに?」
「考えてもみなよ」
ギルビスは身体を起こした。窓から差し込む月明かりが、ギルビスの紺色の髪をきらりと瞬かせた。
彼の髪と同色の瞳が、暗い室内の中からぼんやりとラファを見る。
「君だったらどう?一緒に行動してる奴がみんな不老不死、人間とは別規格の存在で、
世界なんていう馬鹿でかい規模を相手にした旅に巻き込まれてる。
普通ならもっと戸惑うはずだ。どうして自分だけ部外者なんだろうって思うかもしれない。
友人達を羨んだり、もどかしい気持ちになったりするかも。
…なのに、彼にはそれがなかった。僕たちが不老不死であることに全くこだわってない。
自分が普通の人間であることにこだわってない。…そうじゃない?」
ギルビスってこんなに饒舌だったかな。ラファはそんな関係のないことを考えた。
彼の言いたいことが分からない。記憶を手繰る。そうだっただろうか。
自分のことに精一杯で、レインのことなんて全く構っていなかった気がするのは、友人失格だろうか。
そういえば、レインから何か悩みなどを持ち込まれたことなんてなかったかもしれない。
ラファがあまり人の悩みを打ち明けるのに適していないこともあるのかもしれないが、
レインが何かに悩んだり、塞ぎこんだりするのを、確かに見たことはない。
どちらかといえば優柔不断なラファを励ましたり、相談に乗ったりする役だ。
考えれば考えるほど、何かがおかしい気がしてならなかった。
レインは「普通」の少年ではないのか?明るくてちょっとフェミニスト、綺麗好きで、
時々口うるさい性格が災いしてラファと衝突することもある。
なのに、ルナやギルビスが指摘するレインの人物像は、どう考えても普通じゃなかった。
「…俺にはわかんないよ」
ラファはようやっとそう言った。分からない。どうしてだろう。友達だと思っていたのに。
何年も一緒にいたのに、レインという少年が、なにもかもよくわからなくなってしまった。
あいつはどうして、俺達の旅についてきてくれたんだろう?エルミリカと知り合いだったから?
ラファやルナと友達だったから?ラファはレインを優しいやつだと思っていたから、
彼がいることになんの違和感も覚えていなかった。けれど、ルナたちは違うのだろうか?
「ま、いいけど」
ギルビスは再びベッドに倒れこんだ。
「君が信じてるってことは、あのレインっていうのも、悪い奴ではないんだろうし」
「…どいつもこいつも、俺を買いかぶりすぎなんだよ」
レインだったら、きっとありのまま、俺に口うるさく説教しながら、それでも背中を押してくれるんだろう。
ラファはそう思って、思考を遮るように寝返りを打った。
◆
「本当に、本当に、お願いします。どうか…」
「わかってるって。心配すんな」
次の日の朝、森の入り口まで見送りに来たナエは涙ながらに懇願した。対するルナは軽い調子だ。
安請け合いをして、万が一その世界王子とやらに会えなかったらどうするつもりなのだろう。
ラファの不安げな表情を見て、我らが暴君はにやりと笑った。
「おいおいラファ、俺を誰だと思ってんだよ」
「天下のルナ様だろ」
げんなりしたラファの返しに、ルナは「分かってるじゃねえか」と自信満々に言い放った。ラファは溜息をついた。
「何か戦果があったらまた報告しにいくから」
「ありがとうございます。お気をつけてくださいね」
ナエはふんわりと可憐に笑った。いつぞやかのラゼのように無垢な笑顔だ。
彼女の表情を見ていると、なんとかしてやりたいと思う。ラファは苦い笑みを浮かべた。
「ありがとな」
「ありがとな…ねェ」
再びファナティライストの街に繰り出してから、ルナが意味深ににやにや笑った。
何事かとラファが目を瞬くと、隣でギルビスが胡乱げな顔でこちらを見ていた。
「相手は王子様に恋してるみたいだけど」
「はぁ?」
わけがわからない。ぽかんと呆けるラファの様子をとっくりと眺めて、ルナはつまらなそうに目を細めた。
「ま、他意はないって分かってたけどな。オコサマなラファ君に恋愛はまだ遠いってわけだ」
「恋愛ってなんだよ?」
「そりゃあ…」
ルナが何事か言おうとしたが、それは言葉にはならなかった。
ギルビスが不意に立ち止まり、前方のある一点を凝視して目を見開いていた。
「ギルビス?」
ギルビスは何も言わなかった。驚いた表情は、みるみるうちに警戒の色を宿して、
それから彼は自分の見ていたあたりを顎でしゃくった。
前方の白亜の宮殿。昨日もやってきた門前。なんだ、何もないじゃないか…ラファがそう言おうとしたところで、
昨日との差異を見つけた。門番達が狼狽したようにちらちらと脇を見ている。そこには、
緑色の髪の小柄な少年が、コートのポケットに手を突っ込んで、何かを待つように門の柱にもたれていた。
モスグリーンの髪と瞳、それから色素の薄い肌を除けば、全身黒ずくめの少年だった。
十五、六歳くらいの年齢。ラファよりも年下に見える。彼はラファたちに気づくなり、もたれていた柱から身を起した。
「やあ、待ってたよお客さん。世界王に会いたいって?」
「…お前は?」
明るい声音でにっこり笑う。彼はこてんと首をかしげてラファを見た。ルナがむっと顔をしかめた。
「ラファ、緑の髪と瞳はエファインの象徴だ」
「あれっ…じゃあ、こいつは」
「はじめまして。僕はロビ。いやあ、至極面倒極まりないんだけど、君たちの案内役を仰せつかってね!
道中よろしく頼むよ。といってもここから応接間までのちょっとした距離なんだけど」
「ロビ!?」
ということは、彼がナエの言っていた世界王子ということか。にこにこと愛嬌を振りまく彼は、
どう考えてもあの可憐なナエを切り捨ててきた少年とは思えない。虫も殺せなさそうな優しそうな表情だ。
少し嫌味な言い方が妙に鼻につくが。
ロビはにっこりと笑った。仮面のようだと漠然とラファは思った。
「へえ、僕のことをもう知ってるんだ。まあ否が応にも有名にならなきゃいけない身の上だしね。
僕も君達のことは聞いてるよ。元男装の麗人、シエルテミナの当主ルナ、
田舎でご隠居生活のソリティエ当主ギルビス、そして…」
最後についとラファを見た少年は、ラファにだけ妙に生暖かい緩やかな微笑みを見せた。
「不老不死の呪縛から逃れた奇跡のノルッセル、ラファ」
「なんだそりゃ」
ラファは鼻で笑おうとしたが、それよりも先にルナが眉をひそめた。
「どうして俺達のことを知ってる?いくら不老不死一族っつったって、
俺達は不老不死の社会から外れてる存在だ」
「ここは世界の中心・ファナティライストだよ?君達を調べる存在くらい掃いて捨てるほどいるんだ」
なんだか癪に障る言い方だった。ラファがどういうことだと詰め寄ろうとしたとき、
神殿のほうから声が飛んできた。
「ロビ、お客様に失礼なことをしてはいけませんよ」
ロビは顔をしかめた。まずい人物に見つかったとばかりに苦い表情で振り返る。
「アルカナ姉さん…」
ラファと大体同じくらいの年頃だろうか、金交じりのブラウンの髪を結わえた少女。
髪も瞳も薄っすらと緑がかっていて、不思議な感じがする。
白いワンピースの上に深緑のカーディガンをあわせている。身なりのいい服装で、すぐに貴族かなにかだとわかった。
確かに初対面なのに、ラファは妙な既視感を覚えた。
「身内がご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありません」
アルカナと呼ばれた貴族の少女はロビの隣に立つと深々と一礼した。
ロビはふてくされた様子でそっぽを向いた。
「…身内?」
ギルビスが怪訝そうにアルカナを見ると、彼女は身を起こして微笑んだ。
ゆったりとした笑みだった。それを見てはたと気づく。
(あ、そうだ)
ラファはアルカナと思いついた人物の表情を照らし合わせた。
(この人、ちょっと雰囲気がウラニアに似てる)
「申し遅れました、私、世界王の甥であるピアキィ・ケルト・エファインの妻で、アルカナと申します」
「ピアキィ・ケルト・エファインの妻!?」
素っ頓狂な声を上げたのはルナだった。彼女は面食らった様子でアルカナを穴が開くほど見ている。
世界王の甥、というのだからここにいるロビの従兄弟ということか。
ラファは首を傾げたが、アルカナは苦笑していた。
「ご存知ですか。ピアキィ様の妻が私のような平凡な女で、ご期待はずれかもしれませんけれど」
「あ、いや」
珍しくルナがうろたえている。わけのわからないラファとギルビスは顔を見合わせた。
「ルナの知り合いかなにか?」
「いや、面識はない…だけど、多分不老不死の中じゃ相当な有名人だよ。
世界王の甥で、懐刀、あとはとんでもねー美形って噂。
俺が家出する頃にはとんと名前を聞かなくなってたから、
いつの間にか死んでたんだと…失礼」
「いいえ、でもピアキィ様はお元気ですよ。表に出る仕事をされていませんから、
ご存知ないのも無理はありません」
アルカナは穏やかに言うと、辺りを見回した。
「立ち話もなんですから、神殿に参りましょう。世界王陛下がお待ちです」
物腰柔らかなアルカナの様子に、ラファはなんとなく釈然としない気分だった。
…なんというか、普通だ。アルカナ自身の態度も、ルナ達の態度も。
特にルナは誰彼かまわずけんか腰だったのに、何故かアルカナには大人しく従って、
神殿へと歩き出す彼女のうしろをついていっている。
「アルカナ、さん…は、不老不死じゃないの?」
思わずたずねると、彼女はちょっと目を丸くしてこちらを振り返り、それからやや照れくさそうに微笑んだ。
「私などが、不老不死一族の方と同じだなんて恐れ多いことですが…一応、エファインの末席につかせていただいております」
「え、アンタ、不老不死なの」
ルナもぎょっとした様子だ。ギルビスも怪訝そうに眉をひそめている。
不老不死同士は仲良くできない、それが不文律のようにあって、
だから異端のラファが間に立って此度の同盟を結ぼうとしているのに、
アルカナにはそういう、これまで幾度となく感じてきたギスギスした空気を感じない。
(ああ、だから)
ラファは合点がいった。だから、ウラニアと似ている感じがしたのだ。
彼女も別の不老不死一族に、対立するでもなく、温和に接していた姿を見たから。
「…私は、皆様とは違いますから」
意味深なことを言ってくすりと笑うと、アルカナはそれ以上何も言わなかった。
ロビは何も言わずに遠くを見据えている。…何か、口にしたくない事情があるのだろう。
妙な沈黙が落ちたところで、ルナがぽろりとこぼした。
「それで?噂のシェーロラスディ陛下ってのはどんな奴なんだよ」
「お優しい方ですよ」
「食えない陰険野郎だよ」
アルカナとロビが同時に言った。するとルナは楽しげに嘲笑する。
「ま、不老不死にただお優しい奴がいるとも思えねえけどな」
「仕方ありません。不老不死は、人よりも少し苦労して生きていかなければいけない定めだと、そう聞きました。
不老不死の方々にとって、この世界は生きにくいのだと」
「一理あるね」
アルカナの言葉にギルビスが同意して、そしてルナはにやりと笑った。きっとアルカナのことを気に入ったのだろう。
「エファインにもこんな話のわかる奴がいるなんてな。旅はしてみるもんだ」
「
「エルフ?」
思わずラファが声を上げると、泣き顔のエルフの少女は顔を上げた。長い睫毛に模られた目の回りは赤くなっている。
彼女はラファ達がやりとりを聞いていたのだと悟ったらしく、はっと息を呑んで顔を真っ赤にした。
…先ほどのルナとは違う、わざとらしさの感じられない可愛らしい動作だった。
「も、申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしました…」
「ねえ君、さっき『ロビ様』とか言ってたけど、ここの王子と知り合いなの?」
ギルビスが遠慮することなく問うと、その名前に少女はびくりと肩を震わせた。
どうやら何か訳ありらしい。エルフの少女はギルビスから顔を背けて俯いた。
「本当に、何もないので…」
「ねえ、僕たち明日、世界王陛下と謁見する予定なんだけど」
そのまま立ち去ろうとする少女に向けて、ギルビスが言った。
彼がこんな風に人の話に首を突っ込むのが何処か以外で、ラファは目を丸くした。
少女は立ち止まり、驚愕の視線をギルビスに向けた。
「僕たち宿を探してるんだけど。どこかいい場所を教えてくれたら、
明日、世界王陛下に、君が王子様と会えるように口利きしてもらってもいいよ」
「……本当?本当に本当、ですか?」
「まあ事情によるけど」
「お願いします!」
少女は即座にギルビスに追いすがって、涙交じりに訴えてきた。
「私はもう一度、ロビ様にお会いしなければいけないんです…お願い、ロビ様に会わせて!」
◆
少女…ナエが連れてきたのは、ファナティライストのスラムから少し離れた、
森の中にある一軒の小奇麗な小屋だった。
食器や調理器具などもちゃんと揃っていて、おそらくこのナエの住む家なのだろうとラファは見当をつけた。
「汚いところですけど…どうぞゆっくりしていってくださいね」
ナエはそう言ってやんわりと笑った。ルナが物珍しそうに木製の家をあちこち眺めている。
どうやらこの家は暴君のお気に召したようだった。
「宿代が浮いたな」ルナがにやりと笑った。「お前、ここに一人で住んでんの?」
ナエはお茶を淹れていた手を止めて、一瞬とても悲しげな表情をした後で、それから困ったように微笑んだ。
なんだかウラニアがレーチスのことを思って笑うときに似ていると、ラファはぴんときた。
「今は一人で…少し前まで、一緒に暮らしている方がいました」
ナエの声は沈んでいた。
「あの、ちゃんと事情はお話します…だから、お願いします、どうか…」
「わかってるよ、世界王陛下に王子様と会えるように頼んでみるから」
ラファが請け負うと、ようやくナエは綻ぶような笑顔を浮かべた。
「私とロビ様は、一年前に初めてお会いしました。
ロビ様は森の前で倒れていて…ここのエルフの森は人間に厳しい方ばかりですから、
きっとエルフに襲われたのでしょうね…私はロビ様をここに連れてきました」
「ここには前々から住んでたの?」ラファが尋ねた。
「はい。森に住むよりも、ここの方が気楽ですから…
ロビ様は傷が癒えるまでここにいました。ロビ様は自分の名前しか教えてくれなくて、
私は彼がまさか世界王子殿下だなんて、思いもしませんでした」
ラファはもう一度食器棚に目を走らせた。どの食器も、おなじものが二つ以上取り揃えてある。
ラファの視線に気がついたのか、ナエは少し微笑んだ。
「ロビ様は度々、この家へ通ってくださるようになりました。
ロビ様はエルフの私にも嫌な顔ひとつしませんでしたし、恐れ多くも、私のことを気に入ってくださって…
私も、私もロビ様のことが、だんだん…好きになっていました」
不思議な話もあるものだ。ラファはナエの様子を見ながら思った。 ラファがゼルシャの村に行ったとき、問答無用でトレイズと一緒に牢屋にぶち込まれたというのに、 世界には人に恋をするエルフなども存在するのか。 少し頬を赤らめるナエは非常に愛らしかった。
「ロビ様も、私と同じ気持ちだと言ってくれました。人間とエルフですけど、そんなこと関係ないって、
ナエだから好きになったんだって、確かに、ロビ様はそう仰ったんです」
「…それで?」
ギルビスはナエの淹れた紅茶を飲みながら続きを促した。
ナエは手にしたハンカチを両方の目頭に当ててから、引き攣る声で先を続けた。
「先月のことです。突然、ロビ様が私に、『もう会いに来ない』って言い出して…
それで、自分はファナティライストの世界王子だと仰いました。
身分のことがあって私と付き合えないのかと、私は尋ねましたけど、ロビ様は首を横に振っていらっしゃいました。
ただ、『エルフなんて僕にとっては虫けら同然だよ。君のことなんて遊びに決まってるだろ』って言い残して、
…それから彼は、私の家にはもう来ていません」
それからまたわっと泣き出したナエ。ラファは眉をひそめた。
恋愛沙汰にはレナのことがあって過敏なルナに相談はできず、頭の中のウラニアに尋ねる。
(…なんかおかしくないか?)
―何か、そのロビ様という方にも事情があるのかもしれないわ。
「それで、その王子様にもう一度会って話を聞きたいってわけだ」
ギルビスが代弁すると、ナエはこくりと頷いた。
「は、はい…私、突然すぎて、どうしてだかわからなくて…いてもたってもいられなくて…
ロビ様が、わ、私を嫌いになってしまったのなら、それで仕方ないんです。
だけど、私、どうしても納得できなくて…だって、ロビ様はあんなに優しかったのに…」
「それで?そうじゃなかったら、お前はどうするつもりなんだよ」
突然無感動にルナが声を上げたので、ナエはびくりと肩を震わせた。
「そうじゃなかった…って…」
「そのロビとやらが、お前のことを嫌いでもないのに、何か事情があってお前を引き離したんだとしたら。
奴にとってお前が自分のところに乗り込んでくるのは、迷惑以外の何者でもないんじゃねえの?」
「ルナ、それはちょっと言いすぎじゃ…」
しかし、ルナの言うことも一理あった。確かにその王子殿下に事情があるなら、
ナエの行動は彼の厚意を無駄にするのかもしれない。
すると、ギルビスが声を上げた。
「じゃあこうしよう。僕らが、明日の謁見の後で、世界王子に事情を聞いてみるよ」
「!…ほ、本当ですか?」
「まあ、王子に会えるかどうかは分からないけど、それならまた日を改めて王子に話を聞く場を設けてもらえばいい。
それで、王子の事情を君に伝えに来るよ。それでもまだ会いたいというなら、僕たちは協力する。それでどうだい?」
ナエはまたぽろぽろと泣き始めた。よく泣く娘だった。
そしてナエは何度も何度も首を縦に振った。
「お…お願いします、お願いします!私、なんでもしますから!」
◆
「なんか意外だな」
ナエが夕食の支度を始めると言って席を立ったところで、ラファはギルビスに声をかけた。
彼はふいとこちらに視線だけ寄越す。
「なにが」
「ギルビスがこんな慈善事業みたいなこと言い出すなんて」
「はあ?」
声を上げたのはギルビスではなく、逆隣のルナだった。
彼女を見ると、ルナは心底呆れたという様子でラファを見ていた。
優雅に腕組みをして、初対面の者の家だというのに全く気にした風もなくくつろいでいる。
「お前って変なところで鈍感だよな」
「どういう意味だよ?」
「いい?」
ギルビスも呆れ顔だったが、懇切丁寧に説明してくれた。
「僕たちはこれからエファインと約束を取り付けなきゃいけない。
けど、ユールが言ってたけど、シェーロラスディ世界王陛下は一筋縄じゃいかない人間だ。
だからこちらの味方は、多ければ多いほどいいんだよ」
「…つまり?」
ギルビスの言いたいことがよく分からずにラファは首をかしげた。
「つまり、その世界王子とコンタクトが取れるっていうのは僕たちにとってもラッキーだ。
ナエのことを口実に世界王子に会って、それからこっちの味方についてもらえばいい。
…ああ、心配しなくてもちゃんとナエのことも伝えるけど」
ギルビスのあんまりな目論見にラファはあんぐりと口を開け放した。
まさか、せっかくいい奴だと思ったのに、彼はやっぱり打算的な男だった!
「ま、このくらいいいだろ?どうせナエも俺たちを利用して王子様に会おうとしてるんだぜ。
このくらい駄賃のうちだよ」
ルナが悠然と微笑んだ。ラファは、二人の策士に挟まれて頭を抱えた。
to be continued..
2010-05-23
今のところ我が家に、RPGの正統派主役みたいな正義感だけで動いてるキャラは誰一人として存在しません。